たとえ誰かにとって意味のないことでも
私が修復家になろうと決心をした時期に、当時東京文化財研究所の研究員だった尾立和則さんに出会い、以後、彼にいろんなことをご教示いただいた。彼は私にとってもう一人の師である。その後、彼が運営をする『修復家の集い』という専門家のコミュニティに参加させていただき、1999年の年末末近く、日本ではまだインターネットの黎明期に、ウェブ上に小規模ながら現在でいうソーシャルネットワークサービスを立ち上げた際には、管理、運営者の一人として仲間に入れてもらった。
あれから30年あまりたってなお、私は今でも彼が私に言ってくれた一つの言葉を大切にしている。それは『誰かにとって意味のないと思われる情報も、誰かにとって有益なことがある』ということである。
この広い世界を見れば、さまざまな人が皆一緒に生きていて、インターネットテクノロジーが急速に進化した今では、たとえそれがヴァーチャルなものであっても、世界はより近く、小さくなったと思う。そこにはまた色々な考え、思いがあり、何かに対する多様な価値観ががあり、それがまた地域性や人種、社会を作り上げているのかと思うが、そう言った考え、思い、価値観が目の前に迫り、時に入り混じり、融合し、あるいは衝突さえする時代でもあるのかと思う。
かつてインターネットなどない時代にも、今のように高速ではないけれど、結構な物が、情報が行き交いをしていた。江戸時代に人気を博した浮世絵は、明治の頃になると廃れてしまい、なんと海外に輸出される陶磁器や漆器の包み紙や緩衝材、荷造り、梱包材として使い捨てされるようになった。しかし、『捨てるものあれば拾うものあり』とは誠によく言ったもので、それを目にしたヨーロッパの人々、とくに芸術に関わる人々の目に留まり、その東洋の、日本の類まれなる芸術性を再確認してくれたことは、現在日本に残る数少ない浮世絵を大切にするようになったことにつながっている。今もなお、『意味のなくなった』『価値のなくなった』物、情報が、この地球のどこかで、異なる世界、社会、人の間で再確認され、あらためて『意味』や『価値』が見出される。世界中で、高速に情報が行き交う今日、私たちはそんな『意味』『価値』の激しくも、目まぐるしいような再創造の場にいるのではないか。
私はこのコラムに、ひとりの開業修復家として、日々芸術作品や歴史的に貴重な資料に触れ、修復という施術をするという、誰もができることではない経験、その貴重な日々の中で思ったこと、考えたことを記してきた。私は駄文しか書けないし、私ごときの言動は誰の目にも止まらないかもしれないけれど、たいした価値はないと思われるかもしれないけれど、私の経験したことが何かのヒントやきっかけとなったり、ほんの少しでも、何かの役に立てれば幸甚である。
そして思うことがある。文化財を修復し、後世に残すと言う行為は、きっと誰かにとっては価値のないと思われる情報やその姿形こそを守り、残すとなのではないかと。
尾立さんはあの時、私にもう一こと言ってくれた。『情報は自分で抱えていては意味がない。発信しなさい。』と。

