画用紙は波打ち変形する
版画や素描(画用紙)の波打ち、皺や折れなど変形を修正してほしいと相談を持ち込んでくる人は多い。先日はある文具店(額を扱っている)から問い合わせがあり、額装のため預かった版画作品が預かり先の店内で保管しているうちに波打ち変形したと顧客からクレームがあったという。顧客が言うには、自分の家で展示している際には変形は生じておらず、綺麗に平らな状態であったそうで、店舗の空調管理はどうなっているのかと指摘されたようだ。
顧客の家は一体どんなに高度な空調設備を持っているのだろう。はっきり言おう。美術館でさえ、高級外車が数台買えるような高額の特別な展示ケースの中でもなければ、一日24時間同じ温度、湿度を管理することはできないのだ。そんな環境下に置けば、版画や素描、水彩画などを描いた画用紙も安定をしているかもしれないけれど、そうでなければ、どんな紙でもちょっとした温度の変化や湿度の変化で不規則に波打ったり、変形したりする。そもそも家から持ち出した所有者は、その店までの道中の環境をいかに保持していたのだろうか。この夏、外は大変に暑かった。
画用紙、紙は多孔質の高分子でできており、もともと弱い水素結合で成り立っているから、周りの環境の微妙な変化で水分を吸収し、また蒸発させる。これは紙本来の性質である。乾燥すると画用紙がわずかに持っていた水分が排水されて収縮し、湿度が上がれば水分を吸収して膨張する。そして、どんな紙であれ、紙の繊維の分布、堆積状態にはムラがあるから、紙の伸縮は常に不均一、不規則である。さらに言えば、版画も素描も、描いた後では画用紙の構造がまた複雑に変化をする。とくに絵の具をたっぷりと塗ったところ(吸い込んだところ)や全く塗っていないような余白があると、紙の伸縮に部分的な差異が生じる。
かの作品は額装をされていて、新しい額へと改装を依頼されたと聞く。もとあった額装の仕方、作品の固定方法も見せてもらったが、作品は額の内部で接着テープを使って6箇所(左右の四隅、長編の中央部分)を固定されており、なおかつ作品前に置かれたペーパーマットにより作品の周囲のみ圧迫されており、ペーパーマットの開口部と覆われた部分では変形の状態が異なっていた。作品の固定方法、額装にも問題があったのは明らかだと思う。
版画や素描のコレクターの中には、画用紙、紙の性質をよく理解し、多少の変形は自然であると受け入れている。美術館や博物館の学芸員も、この紙の性質を熟知しているものであれば受け入れる。だから版画作品や素描のように一枚の薄い画用紙に描かれた作品は、額装の際にはしっかり固定をすることなく、作品が額の中でズレたり外れたりしないように必要かつ最小限の固定はするけれど、ある程度自由に伸縮、変形ができるように装幀をするのである。
もう一度言おう。画用紙は波打ち、変形する。
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