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2024年12月 3日 (火)

洗浄と漂白 ー避けられない副作用ー

仕事柄、版画や水彩画、墨書など、紙に描かれた作品や資料の変色、染み抜きについてお問い合わせを多くいただく。基本的に、およその原因がわかれば、大抵のシミは抜け、抜けなくても目立たなくすることができる。しかし、この染み抜きという処置には、紙を痛めたり、描画や筆跡を危うくするとても大きなリスクが伴う。最近はこういった事実が広く認識されて、美術館や博物館などの公共機関においては、とくに化学的な漂白は避ける様になっている。

変色、シミといってもその原因は様々であるが、大きく分けて内的な要因として、材料、材質によるものと、外的要因としての冠水事故や黴による被害がある。

厚手の画用紙やコピー用紙など、樹木を機械で粉砕して作り出されたパルプによって作られた紙は、リグニンといった成分が多く含まれていて、この物質が光に当たると黄色味を帯び、やがて褐色化する。このリグニンという物質を鉄筋コンクリートに例える人がいて、リグニンがコンクリート、セルロースが鉄筋とされる。リグニンは巨木を成り立たせるにはなくてはならない材料ではあるが、一度光に当たると、途中で光を遮ってもその影響は残り、変色をし続けると聞いている。

これに加えて、これらの紙には絵の具やインクがよく止まり、滲まないようにするためのにじみどめ剤という賛成物質が混入されているのだけれど、この薬剤が紙繊維、セルロース同士の結合を攻撃し、切断を促進する。

冠水事故は言わずもがな、何らかの水分、液体をこぼしたり、その中に没したりして、その液体に色素があれば水分の浸透拡散によって広がり、たとえそれが無色であっても、紙が汚れていたり、変色していたりするとその汚れが溶け出し、拡散し、いわゆる輪ジミを形成する。

このコラムの中でも紹介しているが、額装する際に粗悪な材料やベニヤ板を直接接触させるようなことをすると、やはり経年を経るごとに変色が進み、気が付いた時には取り返しがつかなくなっているようなこともある。

カビが発生すると、まるではしかに感染したようにブツブツと細かい斑点状の変色が生じる。このブツブツはけっして水では洗い流せず、漂白剤による化学的な処置が必要となる。

 

先述に重ねるが、基本的に水に溶解するものであれば、変色やシミは比較的安全に、多少は容易に除去できるか軽減できる。しかし、水に溶けない物質による変色や微生物被害による変色は漂白剤を用いねばならない。それでも漂白剤を使えば、水に溶けないシミ、変色を軽減し、より綺麗な状態にすることは可能であるが、図らずも、いずれの処置もが、絵を描いたり、筆記している紙を攻撃し、脆弱化させ、膨張や伸長といった変化をもたらせる。一方、先述のリグニンによる変色などは、もともと材料自体がもった特性であり、ちょうど人間が年をとるごとに老い、髪や肌の色つやが変化していくようなごく自然な、あるべき現象であると理解するならば、この自然現象も破壊してしまい、長い歳月を経て、せっかく手に入れた古色と呼ばれるな様な風合いも失わせてしまう。

洗浄や漂白には結構な量の水を必要とすることがある。実は、水は紙にとって天敵とも言える。

水は紙の中に浸透すると、固まっていた繊維の間を押し広げ、とても脆い状態に変えてしまう。みじかな例を挙げるならば、この脆くなる現象を逆手に取ったのがトイレットペーパーであり、便器に溜まった水の中で素早く分解、分散する様に、特に薄く作り、繊維密度も低くしているのだ。

だから、洗浄や漂白処置はできるだけ短い時間で行える様に画策をして、紙の経年による劣化状態やその上に描かれ、書かれているイメージの状態も把握して、できる限りの安全に勤めながら処置に臨むのだが、顧客より希望され、目指す結果を得るためには、水や漂白剤が反応するに必要な時間があり、紙の安全と描き記されたイメージの確保という絶対的な使命の間で、鑑賞性の回復と処置によって図らずも生じる危険性とのジレンマの中で、もっとも良いと思われるバランスを考え、見極めながら作業を進めるとても難しい処置が洗浄と漂白という修復処置である。

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