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2023年4月

2023年4月30日 (日)

保存修復の秘密

東京国立近代美術館で開催されている『重要文化財の秘密』展で開催されたトークイベントに参加をしてきた。登壇されたのは絵画修復家の土師広さんと修復家であり、保存修復と修復理論を研究されている田口かおるさん。今回このイベントの中でとても印象的だったのは、イベント後の質疑応答で、美術館スタッフ、司会者の『修復にクリエイティブな要素はあるのか」という問いかけであった。これに対して、土師さんは『自分の意思を出さないように、意図を加えないようにしている』と答えられ、田口さんは『ありうる』とお答えになっている。

私たち修復家は、また私たちの先達らはこれまで、修復を依頼される作品と向き合うたびに、いつも深く思考を巡らし、きっとその知識と経験、技術を駆使して、当時最善と思われた処置をしてきたのだと思う。修復の歴史を紐解くと、そこには、現在では許されない様々な問題を添加してしまったものもあるし、疑問視される処置も数多あるようであるが、たとえどんな形であれ、その行為があったからこそ、今ここにその作品が存在しているという事実もあるだろう。
修復という行為に絶対とか、完全とか、確かといったものはない。今、その道に長けた専門家が安全と思い、ベター(ベストはないから)な選択をしていても、科学技術が急速に進歩している現代では、遅かれ早かれ『これはダメだな~』などと言われてしまうかもしれない。そしてどんなに手当てをしても、生物のように再生機能のない絵画や美術作品は、傷つけば自ずから治るというようなこともなく、そして修復家はせいぜいそれが目立たなくなるようにすることぐらいしか出来ず、タイムマシーンでも手に入れない限り、傷を元に戻すことなんてできない。さらには修復処置により加えた何かもまた劣化する。これが現在私たちが行っている修復の実態である。

私はこのコラムの中で、祐松堂のインターネットサイトの中で繰り返し、『修復とは何かを取り除いたり加えたりする行為である』と言ってきたが、そこには必ずクライアント要望や修復家の意思も反映しており、修復に何を望み、どんな結果をイメージするかによって残すもの、残さないものも決まる。修復家はオリジナリティーを守ることが大切と口々に言うが、果たしてこのオリジナルの状態というのも、人がそれぞれの中に抱くイメージは異なっているように思うし、この、オリジナルの状態をいつ、どの時点と定めるかはまた難しい。世の中には、経年を経て褐色化したニスを纏った絵画を美しいと思ったり、その時代性を大切にしようという人もいる。製作当初の、まだニスが変色していない頃を製作当初のオリジナルの状態と考えて、それを取り戻そうとする人もいる。そして、修復とは、こういった人々の希望や要求に答えて行うものである。今対峙する作品に物理的な付加を与えるのみならず、現在の私たちの思いを付帯(追加)させる行為でもある。
修復家の土師さんは修復家は『断る選択肢を持っている』と言っておられたが、『処置しない』という行為もまた、今、私たちが目の前に認識した何か(ある価値)に手を入れず、そのままにしたいという意思や目論みが与えられることになるのではないだろうか。厳しく言えば、修復術者が意思を出さないのも、意図を加えないもの、難しいのではないか。そもそも人の行動はその人の意思や意図によってなしうるのだろう。

私たち人間は常に現在を生きていて、今を創造している。保存修復という行為もまた一つの人の営為であり、とてもクリエイティブな活動と思う。そしてまた私たちの元に、延命や修復を求めて作品が運び込まれてくる、、、。

 

東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密
2023年3月17日金曜日~5月14日日曜日
<https://www.momat.go.jp>

 

2024.03.28改訂

 

2023年4月12日 (水)

わたしの原点

最近お気入りの店、千駄木駅の近くにある乃池(のいけ)という寿司屋に久しぶりに行ってきた。結構な歳月を感じさせる古い佇まい、間口の狭い店の一階は、十人も入ればいっぱいかと思う店(二階もあるようだ)であるが、カウンターに座ると、長い年を経てなお木肌の美しい、真っ白に磨かれた付け台に驚き、寿司を握る親方の包丁捌き、手捌きに見惚れてしまい、ついつい箸も止まってしまう、、、。

私の父も、母方の祖父も表具師だった(父は当初この祖父の工房で働いていた)こともあるのだろうが、小さなに頃に住んでいた町の近隣には、様々な手工業に携わる職人の住まいや工房があって、建具屋に箱屋、刷毛屋、塗師屋(【ぬしや】漆を使った塗装を行う店)、畳屋、大工などと、さまざまな職人の技を目の前にする事もできた。
当時、父に連れられてよく行った漆屋では、『かぶれるからあちこち触っちゃいけないよ』と脅され、おっかなびっくりでついて行った。この塗師屋さんでは、それまで嗅いだことのなかった漆と片脳油の匂い立ち込める中、定盤(じょうばん=作業台)の上で素早く練られ、屏風の細い縁に手際よく塗られてゆく、滑らかで艶やかな漆の美しさに、私の目は釘付けになった。余り熱心に見ているものだから、「おい、おまえ俺の弟子にならないか」と言われ、困惑したことを今でもよく覚えている。
それからしばらくして、色々と事情もあったのだけれど、あまり先のことも考えずに、絵画の修復家になろうと、当時独立をしたばかりの父の元で修行を始める決心をした。父が独立をしてからも、ずっとお付き合いをしていた塗師屋の親方は、私が父のもとで修行を始めてしばらくして亡くなられ、一緒に仕事をしていた息子さんが店を継いだが、彼も私が一人前になるかならないかのうちに、若くして亡くなってしまい、訃報を聞いたときはとても寂しい思いをした。

他のどんな仕事であっても、簡単に習得できるもの、楽に稼げる仕事など一つもなかろうが、手に職を持ち、それを生業として生きてゆくことはまた厳しいことである。それが今や、コンピューターテクノロジーが急速に進化したおかげで、様々な物が素早く正確に、大量に作られるようになった。現在では、人が何年もの修行により獲得できるような作業も、高性能な機械、ロボットにいとも簡単に、素早く正確に作られるようになっている。丁寧に、長い時間をかけて、人の手で一つ一つ作る様な商品の需要は減る一方であり、職人という存在も、過去の遺物のように大切には思われても、あるいは希少であることから珍重はされても、広く現代社会の中においては、その存在価値も薄れ、稀有な存在となっているように思う。
あの日、職人の働く姿を見ることがなかったならば、私の人生は大きく変わっていただろう。今ではなかなか目にすることも出来なくなった、様々な職人たちの技を間近に見ることができたことをとても幸せに思っている。親しくしてくれた親方からは、後年、結構な情報と技術のご教授をいただいた。それは全て今の私の血となり肉となっている。

私も修復家を標榜して久しい。職種は違えど、かつて見た職人と同じように手に職を持って経験を積み、自分なりに努めて知識も技術も高めてきたつもりである。今では結構大きな問題を抱えた作品と対峙しても、処方に困ったり、若い頃に感じた恐れや不安のようなものを抱くこともなくなった。業種は違えど、あのとき憧れた職人たちに、私も少しは近づく事ができただろうかなと、ちょっと自信が持てる様にもなった今日この頃である。

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