スキーと修復の関係?
絵画や歴史資料の修復技術を学ぶ方法は、机上での学習も必要であるが、実際に物に触れる所作法を会得するためには、まずは指導者の一挙手一投足を観察し、そのイメージを頭の中に焼き付けることから始まり、それを自らの体で再現することが必要となる。再現は一度きりというわけにもいかず、感覚の優れた、器用なものならば短時間で習得することもできようが、大抵は一筋縄ではいかない。人はそれぞれ体格が違うし、柔軟性や筋肉の量も皆異なる。その動作を言葉で説明されても、経験のない者の頭の中ではピンとこないことも多いだろう。だから、指導者の動作を穴のあくほど観察しなければならないし、観察で得たと思う動作を自分で何度も繰り返さなければならない。そうして繰り返し、繰り返ししているうちに、ピントくる瞬間がやってくる。コツと言うのだろうか。目的の動作を自分の体で行うためのエッセンスのようなものがだんだんとわかってくる。
冬のオリンピックが閉会して間もない。日本の選手たちも検討し、ちょっと驚くほどの成績、メダルの獲得だったと思う。ジャンプとノルディック競技を合わせた複合では、最後の最後まで、日本の選手も混じってのデットヒートとなって、手に汗を握った。
私は20代から30代にかけてスキーにのめり込んだ。高校の時の担任の先生(体育の先生)がスキークラブを主催していて、同級の親友から誘われたのがきっかけだった。それからは冬から初春にかけて、毎年のようにクラブのツアーに参加し、彼自身から直接手ほどきを受けた。最初はなんども転び、急斜面には怯えるばかり。それでも懲りずに、幾度となくスキー場に通ううちに、ちょうど子供がはじめて歩き始めるように、ある時突然、何かをつかむことが出来た。それまで、いったい何度彼の滑走する姿を見つめ、どれだけ後ろについて滑ったか。気がつけば恩師からは『緩斜面の帝王』との称号を頂戴し、それなりにカッコよく滑ることができるようになって、日本スキー連盟が主催する検定会で2級まで取ることができたときは、それはそれは嬉しかったことをよく覚えている。
最近は極力修復対象への浸潤を控え、出来るだけミニマムな処置をするのが文化財修復(『文化財』とは、狭義な意味では国宝や重要文化財を指して言います)のトレンドとなってはいるけれど、だからこそ、高度な技術や手先の器用さが要求されることもある。とても貴重な、唯一無二の作品や資料に触れるならば、経験のない者は緊張もするだろうし、武者震いなら結構ではあるが、あるいは指先が震えるような者さえいるかもしれない。そういった大きな緊張下でも、処置対象を安全に、確かに取り扱うことができるように、自らの身体を自由に、繊細に、滑らかに使える能力を身につけることがとても大切で、そういった身体能力を身につけるという方法が、どこかスポーツの習得方法に通じるものがあると私は考えている。私はあの若かりし頃のスキーの経験で、体の繊細な使い方を学び、それを教えてくれる指導者の行動をつぶさに見ることができる観察眼のようなものも育てられたように思う。
皆さんは、熱心にスポーツに打ち込んだことがあるだろうか。その経験が仕事や生活に役に立ったと思ったことはあるだろうか。
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