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2019年6月25日 (火)

私の正しいアプローチ

6月22、23日の両日、八王子の帝京大学で開催された文化財保存修復学会の研究発表会に出席してきた。久しく会うことが出来なかった旧知の友人や敬愛する先輩と再会をし、楽しく有益な時を過ごして帰宅した。

私はこの道に入ってかれこれ30余年になるが、これまで確かな安全がうたわれ、使い慣れた材料が、新しい知見によって問題が見出され、突然利用出来なくなったり、あるいはいろいろな事情から生産されなくなって、代替えになる材料を探すようなこともあった。熟達もして確かと思っていた技術も、対処する作品の症状によって見直す必要が出てきたり、改良しなければならないことは少なくない。もともと私の工房には、多種多様な作品が持ち込まれていたから、いわゆる伝統的な方法とか、従来の施術方法では処置出来ない物も多かったので、経験と技術を駆使していろいろと工夫を重ねてきたが、新たに作品が持ち込まれるたびに学ぶことは多く、これまでいろいろな意味で鍛えられてきた。
どんな職種であれ、同じ仕事に長く従事していれば、変化や進化を余儀なくされることは避けられないに違いない。いまやコンピューターの性能の飛躍的な向上によって、この世界は以前よりもめまぐるしくスピードを上げて変化、進化しているから、私たち修復家の現場にも、今後はさらに良い材料、技術が導入されて、変化を強いられていくだろう。

文化財(狭義な意味では『文化財』とは国などの指定品をさして言う)の修復においては、基本的に現状の維持(オリジナルとして残っているモノ=その姿や形、色、そのモノの構造とそれを構成している材料素材の保存)が最優先課題とされていて、対象が限りなく変化しないよう、最小限の処置が望まれていて、貴重な物ほど対応は慎重になり、『処置をしない』という究極な選択肢も残す。
しかし、物の劣化はとどまることを知らず、傷んだものは人が手当てをしなければ直らない。また、最小限の処置をいたずらに追求すれば、処置後の寿命も短くなってしまう可能性が高いし、その後の取り扱いはより難しくなり、管理者や所有者には大きな負担が課せられることになる。昨今は高性能な空調装置や展示ケースもあるから、お金さえ出せば、より安全で高度な管理も可能にはなったけれど、潤沢な資金を持って運営している施設はけっして多くはなくて、せっかく高性能な空調装置を持っていても、全館24時間稼働している施設は多くはないし、全ての施設に経験、実績とも豊富なスタッフが在籍、常駐しているわけではない。それが個人の管理、持ち物となれば、さらに厳しい条件下にそれが置かれ、利用されることになるから、モノの寿命は短くなるばかりだろう。

私の工房では、大学や地方自治体などが運営する美術館、博物館、資料館をはじめとして、個人が所有する芸術作品や歴史資料も取り扱う。扱うモノの種類も多く、それがおかれる環境も多様であり、管理し、所有する人々の価値観、思い入れも様々。専門家が在籍する施設では、修復の方針を話し合うことも出来、望まれる修復の結果や、そのイメージも共有し易いけれど、実は結構ちゃんとした施設であっても、修復家に『おまかせ』となることが多くて(信頼されるのは嬉しいのだけれど)、責任も重い。
大きな重圧のなかで、修復家としての責務を果たすには、専門家としての倫理や哲学にできるだけ忠実に、なおそれを守ってきた人々の価値観に寄り添い、真摯に、謙虚に、いま出来る最善をひたすら尽くすことかと思う。それが私の勤めであり、私にとって『正しい修復のアプローチ』。

2019年文化財保存修復学会 第41回大会に出席して

 

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