正麩糊(しょうふのり)を使う
薄い紙や絹織物に描かれた伝統的な絵画を修復する際、裏打ちによる補強を施す際、額装幀、掛軸装幀、屏風装幀など、表装作業にも正麩糊(しょうふのり)が欠かせない。正麩糊は小麦粉から抽出したでんぷんを煮溶かしたものだが、高い接着力があり、長い経年を経ても接着物を汚染させたりせず、経年によりその接着力こそ低下はするが、水を加えることで容易に溶解が出来ることから、必要に応じて接着剤を溶かし、古い表装材料や裏打紙も安全に取り除くことができる。この高い性能、安全性と可逆性が評価され、日本では国宝や指定文化財の修復現場で、そして今日では諸外国の主要な修復機関でも利用されている。
この正麩糊、もちろんデメリットもある。天然由来のでんぷんが材料であるだけに、煮溶かした糊は容易に黴が生える。冬の寒い日でもせいぜい10日ほど、夏は常温下に放置しておくと1週間ももたないので、使う時に、使う分量だけに溶かして使わなければならないし、自ずと作業も計画的に進めなければならなくなる。煮溶かした正麩糊は、通常一昼夜ほど置いて使うが、使う際には裏ごしを丁寧に掛けてダマを取り除き、水を加えて調整しなければならない。
この正麩糊に対して、昭和30年代頃に『化学糊【かがくのり】』などと呼ばれる合成接着剤が開発され、その利便性(腐敗しにくく、煮溶かす手間もなく、そのまま常温の水で溶かして使うことが出来る)から表具師の間で絶賛され、瞬く間に正麩糊の利用者が激減した。
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