歪む絵画、波打つ絵画
西洋絵画であれ、東洋絵画であれ、版画であれ、絵画を描くには必ず絵具を載せる土台が必要となり、この土台になる材料を総じて支持体【しじたい】と呼んでいる。伝統的に、また一般に多く使われてきた使われてきた支持体材料には、木板、麻や絹などの織物、紙などがあるが、いずれも天然の素材を加工したもの。これらは大気の湿度や温度の変化に応じて自らが含む水分量を変化させ、微妙な伸縮を繰り返す結果、反り返ったり、波打ちが生じたりするし、質量のある木材にいたっては、変形が大きくなると亀裂が生じたりすることもある。
絵画の技法によっては、部分的に絵具を厚く塗ったり(絵具の接着成分などによって湿度の影響を受けにくくなる)、版画のように部分的に圧縮した場合(密度が高くなる)に、絵具のある場所のない場所、プレスされた場所とそうでない場所で材質に変化が生じ、また不規則に変形するようになる。
版画作品に多く見られる額装幀方法として、作品の周囲にペーパーマットを設置して、裏からベニヤ板などで押さえつけているものが数多く観られるが、こういったセット方法によっても、マットで押さえられた部分(押さえつけられて伸縮が抑制される)と開口部(抑制されない)に環境差が生じ、後に作品(画用紙)のマットの開口部分が膨らんでくるなど、結果的に不規則な変形を生じる例も数多い。
支持体の変形を防ぐ、あるいは抑制する方法としては、裏打ちを施したり、さらに動きにくい(湿度の影響を受けにくい)構造物(例えば襖の下骨など木軸格子や木枠、木製のパネル)に固定する方法もあるが、作品の種類や性格、性質によっては、これらの加工、対策は出来ない。基本的に、版画作品には裏打ちはしないため、まずは気温、湿度を出来るだけ一定に保つことが大切になる。
一般の家庭におかれるような作品の場合には、温度も湿度もコントロールが難しいのが現状で、ある程度の変形は容認しなければならないと思うが、展示利用には出来るだけ一日の温度差の少ない場所を選んだり、気候の厳しい季節にはより安全な場所に保管して、さらに長期間の展示を避けることも有効になるかと思う。とくに厳暑や厳冬期にはエアコンなどこまめに利用して、急激な温度上昇、湿度の上昇を抑制したい。これに加えて、額の改良や作品のセット方法を工夫、改良したり、湿度をコントロールする材料など装着するのも有効だ。
11月に入って、一段と朝夕冷え込むようになってきたと思う。これからさらに寒くなり、暖房器具を利用する機会も多くなるだろう。急激な温度の上昇は額に装着されたガラスの内側などに結露を生じさせることもあるし、結露が生じると黴が発生を促すことにつながるので、ぜひ注意をしてほしい。黴が繁殖をはじめると、一見して軽微な症状であっても、実は深刻な状態になっていることも少なくはない。
◎額装幀された版画作品によく見られる症状。銅版によって強くプレスの掛かった画用紙の中央と周囲の動きに差が生じているのがわかるかと思う。額の中でマットやベニヤ板に挟まれていた部分(画用紙の外周)は、狭い空間の中で無理に動こうとして細かな波打ち、ひだを形成し、開放されていた中央部は大きく前方に膨らむ用に歪んでいる。この作品は額の内部に結露が生じ、長く耐湿していた様子で、黴による被害も生じていた。青く見える写真は紫外線を照射した様子。黴害にあった部分が斑点状に変色しているのがわかる。
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