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2016年6月

2016年6月24日 (金)

和紙文化研究会 『和紙文化パネルworkⅢ』に参加して

私の工房の書棚には『レンブラントと和紙』という一冊の本がある。17世紀の西洋画壇を代表する巨匠レンブラントが、日本からオランダ東インド会社によって輸入された和紙を自らの版画制作に利用していたというのは、昨今、専門家の間ではよく知られたことかと思うが、当初は遠い未知の世界から渡来した紙のモノ珍しさから使ったかもしれないし、当時のヨーロッパの紙(多くは使い古したオムツなどのぼろ布から繊維を作って制作していた)から比べると、薄く、しなやかで、白く、地肌も美しかったろうから、きっと芸術作品の材料素材としても認められたのだろう。今日でも和紙を版画制作に用いることは少なくないが、厚手の洋紙は高圧力で印刷をしなければならない一方、薄手の和紙に版画をつくる場合には、低圧力で綺麗な印刷ができるという利点も、当時すでに経験していたのではなかろうか。すこし前にオランダに赴き、オランダ東インド会社の関係資料の調査をしたという修復家仲間の話では、当時、日本の和紙は版画など特定の用途に利用されていただけではなく、オランダ東インド会社の職員が日誌や商品の管理記録、出納記録などに用いられていたようだ。旅先で入手のしやすい紙を利用することも肝心だったろうが、使いやすさも良かったに違いない。

かつての日本家屋の中には、襖や障子などの建具はもちろんのこと、提灯などの照明器具、衣類を包む収納容器(たとう)、傘にも和紙が使われてきた。私の工房でも、毎年結構な量の手漉き和紙を消費していて、損傷箇所の修理に利用するのはもちろんのこと、掛軸や巻き物に表装するための裏打ち紙として、屏風や襖の下張り材料として、様々な場面で和紙を利用している。

以前にこのコラムのなかでも、西洋の装幀(額装)と日本の表装の違いについて少し記したが、日本の掛軸や巻き物などは、和紙を介して装幀部分を一体化して、一つのシート状にするのが大きな特徴。今回、研究会の会場で配布された和紙文化研究会が発行する『和紙文化研究 第23号86頁』のなかには、朽見行雄 氏がジャック・デリダの著書をあげて、ヨーロッパ絵画における額縁が、作品にとって単なる付属物以上の意味をもっていると論じているが、独特の装幀様式を持つ日本の表装は、容易に作品と分離できる西洋の額縁とは異なり、確かに装幀部分も切っても切れないものとなっていて、この縁の下の力持ち、立役者こそが和紙となっている。

近年では海外の修復家にも和紙の高い性能が理解され、色々な場面でたくさん利用される様にはなったようだが、今回の講師の一人であった増田勝彦 氏のお話では、伝統的な製法で一枚一枚人の手で漉かれる和紙そのものの価値も、文化的な価値も、今も海外ではなかなか理解されていない様子。最近の海外の修復家の中には、和紙はいらないから楮の繊維だけ欲しいという者さえ現れ始めたという。

そして、日本を振り返れば、昨今の日本の生活様式は欧米化の一途をたどっていて、かつての伝統的な日本家屋は都市部では希少か、私の住む都下でもとても珍しくなった。かくいう私の住まいも、数年前に一部を改築して、唯一あった畳の部屋が無くなり(襖と障子は上手く残した)、このとき施工をしてくれた友人の大工は、最近は伝統的な日本家屋や和室をつくろうという人も少なくなったと言っていた。もはや床の間などというものも希少な存在になり、季節ごとに書画を掛け替えて楽しむようなことも出来ない。

けれど、こんな状況の中でも日本のコアな文化に触れ、理解することを目的として、海外より来訪する者も急速に増えてきた様子がニュースやTVのバラエティ番組で紹介されている。日本のアニメやアイドル、オタク文化とか、サブカルチャー的なモノに憧れる者も多い様だが、日本の伝統芸能や武道、文化に興味を持ち、リスペクトしている人も少なくない様だ。彼らはインターネット、SNSを駆使して情報を収集し合い、得た情報はまた公開して仲間を集め、楽しんで理解を深めている。いつかこの来訪者達が、また私たち日本人に日本の伝統文化の素晴らしさを再認識させてくれるかもしれない(ちょっと複雑な思いがするけれど、、、)。

私自身、過去に版画制作(主にリトグラフ)の制作経験を持つが、当時は和紙を使う機会はなかったのが残念。

もう少し年を取って、暇になったら、今度は和紙を使って版画を制作してみようか。

◎レンブラントと和紙  貴田庄 著 2005年八坂書房  ISBN4-89694-853-X

◎絵画における真理〈上〉 ジャック•デリダ 著 法政大学出版局; 新装版 2012/11(叢書・ウニベルシタス)

ISBN-10: 4588099612 ISBN-13: 978-4588099618

◎和紙文化研究会 <http://washiken.sakura.ne.jp>

2016年6月20日 (月)

色紙の修復

絵を描いたり、サインをもらったり、詩歌の揮毫に用いる色紙(短冊)は、表面の料紙と台紙(厚紙)、背面の化粧紙(砂子などの装飾があることも多い)の3層からなっている。しっかりとした強度と厚さを作る色紙の芯となる台紙材料には、再生した雑紙、繊維くずを利用したものがほとんどで、ルーペなどで観察すると、まれに新聞や雑誌などの印字、包装紙などと思しき色のついた破片が認められる。このような紙材には不純物が多く含まれており、経年を経ると変質、変色し、後に表裏の用紙に影響を及ぼすことが多い。

このような問題を抱えた色紙も、原則的にはオリジナルの構造、材料としてすべて保存、維持するように努める。しかし、台紙材料が表面に接着された作品(料紙)に著しい障害を与えていたり、残存させることによって、作品を保持することが危ぶまれると判断された場合は取り除くこともある。

およそすべての色紙は、将来修理したり、台紙を剥がし取ったりするこも、もちろん考慮して製造されていないから、台紙は表面の料紙にしっかりとくっついていて、剥がしとることは容易ではない。除去するためには台紙材に水分を含ませ膨潤させて、本紙を傷つけないよう慎重に、ピンセットで少しずつ台紙繊維をつまみ取ってゆく。

台紙を取り除いた作品(料紙)は、洗浄など必要な処置の後、安全な材料を使ってもとの色紙の形態に戻したり、裏打ちするなどして補強するが、接着剤や施工法を工夫して、将来の再修理にも備えておく。

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◎作品の表面には色紙の影響による変色が見られたため、台紙材料を除去した。この後、作品本紙は洗浄処置をおこなう。

2016年6月13日 (月)

定着試験

少し時間の余裕ができたので、手持ちの膠の定着試験としてサンプルをつくる。私が日頃使っているのは牛と兎の皮から抽出した膠で、牛の膠は粘度、強度の違うものを数種類用意している。 修理時には経験と実験から必要と思われる膠を選びだし、適宜湯煎して溶解、精製水で希釈して調整し、筆で塗布したり、蒸気化して処置部にしみ込ませる。

試験には膠の希釈率を変えて何種類か用意し、 修理用の料絹や和紙に何も描かずに塗布して固化後のこわばりや材質の変化を調べたり、定着力のほとんど無いパステルや顔料(粉末)を塗ったところに膠を加えて定着力の違いを見たり、皿の上で顔料と膠を良く混ぜたものもつくり、顔料自体の固着力も比較する。
つくったサンプルは大切に保管し、経年による変化を追ってゆく。
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