It makes visible!
20世紀を代表するスイスの画家(美術理論家)、パウル・クレーは、『芸術とは、ただ見えるものを描くのではない。それは目に見えるようにすることだ』と言ったそうだ。描くことが始まった遥か太古の時代には、薄暗い洞窟の岩影に、草原を走るライオンや鹿のシルエットを見いだし、それをなぞり、色をつけた。暗闇の中に入った時に、目をつぶった時に見える光の残像を止めようと、その軌跡の記憶を辿り、線を刻んだ。そして、そんな表現を叶えてくれる自らの手に顔料を塗り、子供のいたずらよろしくぺたぺたと岩壁に手の痕を記した。写真技術が生まれる前までは、たぶん、この世界の確かな記録手段として絵画技術は発達した。
私たち人間の頭脳のすばらしさは、実際にこの世には存在しない、どれだけ言葉を尽くしても語ることの出来ない、そんなイメージが浮かび上がる、想起されるということなのだと私は思う。いつか絵画の主題も、自然から人へ、人から神へ、そして、夢や幻想のように、実際には形のない世界、現実には目にする事の出来ない世界を創造、表現してきた。もともと描くということ自体、自然界からは逸脱した行為で、人にしかできない事。あるいは絵画こそ、この世界を超越するための最初の技術のひとつであったのかもしれない。そして、それは同時に、今日の私たちの生活に欠かすことの出来なくなりつつあるコンピュータと同じように、人々の経験と記憶を体のなかから取り出し、確かに記録する装置としても、大きな役目を果たしてきたように思う。
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