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2009年12月

2009年12月24日 (木)

額は絵画の保存ケース

掛け軸や巻物に代表される東洋の書画は、展示、利用している時間、常に作品がむき出しの状態になっている。これに対して、現代の日本画や油絵に代表される洋画、版画の類いは、額に納めて鑑賞することが多く、額の様式や作り方によっては、利用時も収納時も作品を額によって保護することができる。『納めて』と表現したのは、額は制作方法、構造によって、装着された作品を守る収納箱や保存容器としての性能を与えることができるから。東洋絵画も、西洋絵画も、セットする額の前面にガラスを装着し、背面を板などで覆えば埃よけにもなるし、密閉すればタバコや作品にとって有害なガスに対しても守ることができる。さらには、外界の温度や湿度が直接影響することもさ避けられるし、紫外線を吸収するような特殊なガラスを使うことで、紫外線による変色、退色の被害からも守ることもできる。
一方、額に使う材料やその使い方よっては、納める作品に悪影響を及ぼすこともある。ホルムアルデヒドなどのガスを発生させる集合材、不純物や酸性物質を含んでいるために変色したり、色素を作品に転移させるような材料もある。もしこのような材料を不用意に使って、さらに密閉性の高い額を作れば、額の内部は悪い環境となるばかりとなってしまう。さらに、どんなに良い額を作っても、展示場所や保管環境が悪ければ、また作品を痛める結果となる。温度変化の大きな場所におけば、額の内部に結露が生じやすくなり、結露はカビの発生を促す。直射日光にあたらずとも、紫外線を吸収するガラスを装着しようとも、何年もずっと展示したまま(放置?)にしていれば、変色や退色は避けられない。

額は値段が高ければ良いという物でもないし、額装さえよければ作品を完全に守れるというものでもないが、納める作品の性質を考慮して、質の良い、安全なものを選ぶことで確実に納める作品の延命効果を得ることはできる。貴重な作品の額装には、専門的な知識を持ち、なお丁寧に説明をしてくれるフレームショップを選びたい。

Img_8609backofprint
不良な額材料が背面にあたって変色した版画の裏面。とくに作品に接触する材料は吟味をしなければならない。

2009年12月 8日 (火)

水の話

水素と酸素の化合物H2O。『水』はいろいろなものを良く溶かす優れた性質を持った液体。私達修復家も、この性能を活かして、絵画作品や歴史資料の洗浄処置に水を利用する。時に水の中につけ込んだり、スプレーしたりして、含ませた水に溶け出した汚れをその水ごと取り除く。でも、この水は都合良く汚れだけ溶かす訳ではなくて、溶けては欲しくない絵の具やインクも溶かす。不用意に紙や繊維を濡らせば、膨張、あるいは収縮によってサイズが変化したり、変形させてしまう。水はそんな『諸刃の刀』でもあるから、利用には十分な注意、対策が必要だ。
水は通常、自然界ではH2Oの状態では存在しておらず、先述の特性から様々なモノが含まれている。カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、、、。ペットボトルに入ったミネラルウォーターの説明書きを読めばずいぶんと色々なものが入っているのがわかる。水道水には消毒用に塩素も含まれているし、配管から金属のサビも入って来る。もちろん、日常の飲用も日々の衣類の洗濯にも、このまま使って全く問題ないが、この世に唯一無二の貴重な資料や作品を取り扱い、修復処置の後、長い年月の安定を求められる私達修復家にとっては、将来処置対象に変色や変質を来す可能性、問題のある水でもある。

Img_filter工房で使っている濾過装置。水道水から3つの装置を通してほぼ純粋なH2Oが得られる。

2009年12月 4日 (金)

『元』に戻すこと『元』を守ること

修復というと、多くの人が『元に戻す』というイメージを抱くのが自然かと思う。けれど、総ての物質には動植物の様な再生機能はないから、元に戻すには色々と人の手を加えなければならない。そして、その行動が過ぎれば、元には無かった物がたくさん加えられ、図らずも取り除く必要の無かった何かを失う危険性もあり、貴重な美術品や歴史資料を扱う場合にはとても大きな問題となる。
今日、私達修復家には、修復対象となる物の制作原初の姿形を追求し、それを厳守すること、保護することが強く求められる。美術品や歴史資料に代表される文化財の修復は、例えば車の板金塗装の様に、傷んでいない箇所まで塗装を行って修復箇所をわからない様にしたり、作業効率が良いからと、周辺のドアやバンパーを丸ごと新しい物に変えるという様なことも絶対にしない。多少傷んでいても、創造者、製作者が選び、使ったものであるのならば、それを出来るだけ保たせる処置をするのが原則である。
私達が頭の中で描く『元に戻す』とか『元』というイメージ、その理想の姿形は、人それぞれに異なるし、そのイメージは『元』とはけっこう異なったものと化していることもある。私達の心と脳は、時に自分さえ気づかぬうちに、適当に新しいイメージをつくり出してしまうものだ。だから、私達は修復の対象から、その特徴をよく理解し、発生している問題、症状をつまびらかに調べ上げ、あちこちから光を当てては念入りに観察し、実際の『元』を理解することから仕事をはじめる。修復処置にいたっては、必要最小限と思われる処置に徹して、加える物(例えば絵の具や接着剤など)は短期間で変質したり、対象に被害を及ぼすことのない物を選び、さらに後日容易に取り外せる様、可逆性のある物を使用しておくことで、いつでも修復以前の『元』の状態に戻せる様にも心がけている。貴重な美術品や歴史資料の修復は、調査と記録に何日も費やして、修復処置は数時間ということも少なくはない。『元』を守るということは、なかなか一筋縄では行かない、厄介な作業であり、それが修復家の仕事なのである。

 

Img_0899hotei和紙に描かれた古い水墨画。浅い角度から光を当てると、表面が荒れて繊維が毛羽立っている様子ががよくわかる。

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