膠(にかわ)のはなし
絵画制作で欠かすことが出来ない絵の具は、簡単に、色のもとである顔料(一部は染料)とそれ自体を固め、なお紙や布などに固着させる接着剤の二つからなっている。油絵の具ならば乾性油と呼ばれる油。水彩絵の具はアラビアゴム。日本画で使う岩絵の具は顔料と膠を混ぜたもの。この膠は動物の皮や魚の浮き袋を煮だして抽出したいわゆるゼラチン。タンパク質が主成分。
岩絵の具に混ぜられた膠はゲル化(ゼリーの様な状態)して顔料を塗布した場所に止めるが、いずれ含んだ水分の蒸発とともにその体積を微妙に小さくしてゆく。接着寿命はそれ自体の劣化にもよるが、用法として最初に使用した膠の量(濃度)、絵の具を塗る用紙や織物、木材など被着物の収縮によっても接着状態は変化し、早期に剥離に及ぶことがある。いくら塗った絵の具がしっかりと固まっていても、塗った土台が伸び縮みしたり動いたりすればそこにズレが生じ、結果としてその上に付いていた絵の具は引きはがされたり割れたりする。
膠と顔料を『混ぜる』と記したが、岩絵の具の場合は顔料と膠の比重の差が大きくてちゃんと混ざらない。作った当初は何となく混ざっているが、いずれ重い顔料は沈殿する。固化中にも膠に含まれた(溶解、希釈に加えた)水は大気中に気化して減少し、固化後は絵の具の分子(つぶ)と膠の分子(つぶ)が隣り合って『点』でくっ付く様な感じになっている。膠を混ぜた絵の具の体積は、膠の乾燥と共にさらに収縮するので、しっかりと固化しないうちに絵の具を重ねると、重ねた表面が先に固化し、いずれ時間を置いて下層の絵の具が乾き始めるため、その収縮によって上層の絵の具に亀裂や剥離を生じさせることもある。一度に分厚く塗るのも亀裂や剥離を引き起こしやすい。一度剥離をはじめたら、早期に大きな破壊に至ることもあるので、描画部にちょっとでも亀裂や剥離を見つけたら、大事にならぬ様に専門家に相談されたい。
日本画の絵の具が剥離した例。作者独自の技法自体が不安定で、デリケートな作品をつくり出すこともある。『うつくしいはな』ならぬ『うつくしいえ』も気をつけなければならない。トゲは無くても、、、。
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日本画を描いていて、絵の具が割れてきました。その部分を水で洗い、割れた部分に同じ色を塗りましたが、割れは広がるばかりです。洗ってからドーサを塗って、その上に同じ色を乗せればよいのでしょうか。教えて下さい。
投稿: 小堀 眞一 | 2014年2月13日 (木) 16時46分
修正部分を水で洗浄した後、その部分はよく乾かされたでしょうか?与えた水分は画用紙を通じて水平方向へも広がりますから、もともと問題のなかった健常な部分への影響もあるかと思います。洗浄時に大量の水分加えたのであれば注意が必要です。
一般的に言えることとしては、どんな絵の具も一度に厚く塗布したり、急速に乾かそうとすると亀裂や剥離が生じやすくなります。
小堀様の描画方法、ご利用の画材がどんなものかわかりませんので、確かなことお答え出来ませんが、具体的な対処方法としては、洗浄箇所を完全に乾かすこと、絵の具の再塗布に際しては、礬水の調整具合(あるいは変更)、利用法を検討する以外には思い当たりません。
また、市販のドーサ液ご利用だとすれば、天然の膠や明礬以外に合成樹脂等使用されていることあり、これらの特性、利用効果は製造業者が公開してないこともあって不明です。
以上、少しでもお役に立てばうれしく思います。
投稿: 中塚博之 | 2014年2月14日 (金) 10時14分