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2009年5月19日 (火)

浮世絵の運命

かつて多くの浮世絵版画(多色刷木版画)は本の様に束ねて鑑賞されていた。今でいうなら芸能人のブロマイドの様な浮世絵版画は、本の様に束ねることで持ち運びも管理も便利になって、一度にたくさんの人気役者絵や風景画、物語絵をまとめて、いつでも手軽に鑑賞できた。
この浮世絵の鑑賞利用に便利な製本は、一方で作品を痛める多くの原因もつくり出した。本の一頁となった作品は、利用の度にめくりめくられて、触れられることの多い小口、四隅の部分はいつか汚れ、摩滅したり、折れたり破けたりもする。湿度が多い場所に長く保管されると、絵の具に含まれる微量の糊成分や用紙の性質などから、作品同士が湿り気で貼り付いてしまい、場合によっては接触している相互の絵の具が転移したりする。湿気は黴の原因にもなるし、黴が生えると、それを餌にするダニがやって来る。束ねた作品に害虫がつくと、一度にたくさんの作品が虫食いの被害に遭う事になる。
浮世絵は制作時に四辺に余白を設けるが、製本時には、四辺の余白を切り落とした例も多い(アメリカやヨーロッパに渡った作品も四辺の余白を裁断した例が多い)。 浮世絵は、他の絵画作品に比べて、利用される絵の具に展色材(かんたんに絵の具を紙に止め、絵の具自体を固める接着剤)が少なく滲みやすいので、水分は厳禁なのだが、かつてはこれを知らずに、製本や修理のために作品の裏面同士を糊付けしたり、修理目的で裏打をした物も多く、このおかげで絵の具が滲んだり、変色した例も多い。裏打はバレンの刷り跡(軌跡)や版木から写しとられた微妙な凹凸も消してしまう。
およそ現代では、浮世絵の知識ある者ならば必ず、忌み嫌う浮世絵の『製本』は、作品を痛める諸原因を多く産み出したのではあるが、この製本のおかげで、多くの浮世絵作品がまとまって保管されてきたのも事実。
明治の頃には廃れはじめ、海外へ輸出する陶磁器等の包み紙や緩衝材として利用された歴史がある浮世絵は、その後アメリカやヨーロッパで再評価されて、現在は日本国内でもとても大切にされているが、再評価(評価の輸入?)にともなって、その観賞方法や取り扱い方も変わって来た。今では何も印刷されていない裏面に残るバレンの刷り痕なども観賞や研究の対象として捉え、束ねてあった物は、制作直後の一枚物の印刷物として、いわゆるオリジナルな状態に戻されることが尊ばれ、この後、マットと呼ばれる中性の厚紙に挟まれて保管されるか、鑑賞する場合は額装することが主流になっている。


Img_7217作品の裏面どうしを接着して製本された浮世絵版画作品を分離する作業。
絵の具が転移(右下の作品の絵の具が左上に転移)していた。

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