修復家に必要な体力
私達修復家は、対峙する様々な文化財の成り立ちを学ぶために、また様々な製作術を学ぶ。絵画修復の専門家ならば必ず何度かは実際に絵を描き、漆工品ならば漆を扱う技術を学び、彫刻ならば鑿を振るう。文献による机上の学習ではなく、実際に自分の身体を使って経験をすることがとても大切だ。何かをつくる、(自分がつくったものならば解体することも出来る)という経験は、人がつくったものの成り立ちを学ぶことにもつながるが、ここで重要なことは、私達のこの手で実際に物に触れ、材料、素材の特質を肌で感じ、その感覚をしっかりと記憶すること。時にひたすら途方も無く長い作業を続け、細やかな手さばきを何度も繰り返して、身体の感覚を研ぎ澄ましていき、高い運動能力を得ることができるのだと思う。
現在は文化財のオリジナリティーを重要視して、最小限の修復処置を目指すことが修復家に求められているが、それでも、いわば、医療の最前線に立つ外科医のように、対峙する貴重な絵画、美術品や歴史資料にこの手で直接触れ、なんらかの処置を加、その命と未来を託される修復家には、机上で学んだ知識だけではなく、高度な手作業ができる体力を備えることも必要だ。