コラーゲンたっぷりの日本画
日本画で利用される岩絵の具も、色材料は基本的に油絵の具と同じで、鉱物などを細かな粉末(顔料)にして使う。油絵の具と違うのは展色材(接着剤)で、岩絵の具は膠水と混ぜて使うのが特徴。顔料は挽いた粒の細かさによって色合いが変化し、元は同じ鉱物でも、基本的に粒子が小さくなると色は淡く、大きいと濃く見える。一部の顔料はまた、火にあててばらくすると酸化が進み、変色するものもあるので、展色剤を混ぜる前に過熱して好みの色合いに調整することも出来る。
先述したように、描画時には膠水を混ぜて利用するが、膠水の中では顔料の比重差によって、乾燥するまでには重いものは下層に、軽いものは上層に移動してしまうので、異なった質量の顔料を混合し、求める色合いをつくる事は難しい。
膠は動物の皮下や骨にあるコラーゲンを煮出したもので、タンパク質が主成分。鹿、牛、兎などのほ乳類から、または鰉(ちょうざめ)などからも抽出出来る。この膠、油絵の具の乾性油とは異なり、固化当初は絵の具の周囲や間にあって顔料同士をつなぎ、さらに紙や布、板などへも接着させることが出来るが、やがて経年と共に乾燥が進み、内包していた水分を放出し、その体積を小さくして行く。通常、乾燥は表層より始まるので、先ず顔料表面にあった膠の体積が減り、顔料の粒はほぼむき出しの状態になり、これが日本画独特のマットな風合いを醸し出す。さらに年月を経ると、あるいは、環境によっては早期的に、膠のタンパク質も分解し、顔料と基底材間の接着力も衰え、いずれは顔料が剥がれ出して行く運命(宿命)にある。こうなった時には、絵の具層への膠の再含浸、基底材料と絵の具の間への膠の注入、再接着が必要になるので、こんな症状を確認したら早急に専門家に相談して欲しい。膠は黴など微生物の餌にもなるので、高湿度下に長く置くことも避けなければならない。
こうして書いてゆくと、そんなに脆弱な日本画なのかと思うが、往古より伝わる伝統的な東洋絵画の中には、同じ様な画材を使って数百年の歳月を越えて今なお残るものもある。同じ膠を展色材として使う墨の耐久年数も高い。しかし一方では、制作後一年も満たぬうちに崩壊の始まる絵画も存在するのも事実。今年もそんな現代絵画が持ち込まれてきた。ここには、同じ様に見えて、実は少しずつではあるけれど、製法の変化してきた画材、現代に於けるマテリアルの特性を無私さえする表現優先の描画方法、そして、私達人間にとっては安楽な空調システムによる劇的な環境変化、大気汚染等々、色々な破壊要素、原因がある。
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