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2008年12月

2008年12月22日 (月)

ドライクリーニングやっています。

町の洗濯屋さんの話ではない。修復処置の話。
私達修復家は、絵画や資料に付着した汚れを取り除く際に、水や溶剤で濡らしたりしないで、乾燥したままで行なう清掃方法をドライクリーニングと呼んでいる。これに対して、水に浸したり、溶剤で溶かすなどして汚れを除去する方法をウエットクリーニングと呼ぶ。ドライクリーニングとはまた、表面に付着したゴミや埃など、比較的に移動や除去が容易い汚れ(主に個体、固形物)を物理的に取り除く処置。実際には柔らかな刷毛で埃を払ったり、スポンジや粉末状の消しゴムで撫でて汚れを吸着させる。場合によっては、出力を調整した電動クリーナーで吸引したり、硬く固まった汚れなどは、顕微鏡をのぞきながら先の細い針やメスを使って削り取ることもある。この作業は、水分や溶剤に反応しやすい(滲んだり溶けたりする)デリーケートな作品に対して有効な処置だが、水や溶剤の利用が可能である作品にも、洗浄効率を上げる事前処置としてドライクリーニングを行い、この後にウエットクリーニングを行うことが多い。

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◎油彩画の裏側をドライクリーニングしているところ。キャンバスの裏面は結構な量の埃が堆積していることが多い。

2008年12月18日 (木)

東洋絵画の着せ替え

油彩画に代表される西洋絵画は、額に納めて鑑賞、取扱いされることが多い。こういった作品は、作品を固定してあるネジや釘を取り除くことで、一般の人でも比較的容易に作品と額を分離できる。たとえば、宗教絵画のイコンのように作品と周囲の装飾、装幀部分を一緒に、一体化して製作する様な例外もあるが、構造的に額と作品が独立した" 別モノ"として取り扱い出来るから、極端に大きい作品でもない限り、誰もが、いつでも自由に、お部屋の模様替えよろしく、作品と額装の着せ替えをすることが可能だ。
これに対して、伝統的様式の東洋絵画はとても薄い紙や絹織物に描かれる為、それだけでは強度が保てず、キャンバスの様に直接木枠に固定することも難しい。だから、強度と安定性(裏が透けないようにする=描画イメージが鮮明になる意味もある)を確保するため、別の和紙に糊を塗り、これを作品の裏側に貼り付け、裏打(うらうち)と呼ばれる補強をする。東洋絵画の装幀様式の代表とも言えるだろう掛軸装(かけじくそう)は、この裏打ちされた作品をベースに、その周囲にやはり同じように裏打ちした金襴や緞子織物を直接接着して取り付け、さらに全体を裏打ちしたものだ。つまり、掛軸は構造的に作品と装幀部分がしっかりと接着固定され、裏打紙によって一体化されている。だから、誰もが容易に作品と装幀を分離できないし、装幀の『着せ替え』もできない。もし、それを望む場合は、しかるべき専門家の手によって、先述と逆の工程を順にたどって一旦掛軸装を解体し、あらためて掛軸装に仕立て直す必要があり、結構な手間と時間が必要になる。
一見、不便にさえ見えるこの装幀様式ではあるが、薄くてしなやかな料紙や料絹の特徴を生かして、たとえ大きな作品であっても、収納時にはクルクルと小さく巻きあげることができ、小スペースでの管理を可能にする。もともと、この掛軸装や巻物などといった装幀様式は、膨大な文字を記した『経』などの情報を効率よく搬送する為の方法として考えられたという説もあるようだ。

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◎掛軸装された作品の解体作業。古い裏打紙を少しずつ取り除いてゆく。

東洋絵画の装幀『表具』のはなし

一般に、伝統的な技法で製作される東洋絵画(日本画を含め、韓国や中国絵画など、さらに揮毫作品、名僧の墨跡なども含めて)は、その特徴として、薄い紙や透けて見えるような絹織物に描かれていることが多い。このままでは持ち運ぶことはもちろんのこと、鑑賞するのもなかなか難しいし、簡単に折れたり破けたりもする。そこで、このデメリットを克服するために裏打ちをし、軸木を取り付け、観賞するときには平に広げて、しまうときにはくるくると卷ける様にもした。これがいわゆる表具(ひょうぐ)。表具は、別に、表装(ひょうそう)、経師(きょうじ)、装こう("そうこう" の "こう" は『さんずい』に『黄』と書く)などと呼ばれ、その技術と技術者の呼称、またはその職業を指し、あるいは装幀されたものを表具、表装と呼ぶ時もある。
表具に関する古代の歴史資料はとても希少で、よほど大きな書店でも目にすることはなく、体系的に記されたものもまず見当たらない。それでも数少ない資料を見てみると、その起源は昔、遣唐使などが中国あたりから持ち運んだ経典の管理(手入れ)をすることから始まったようだ。それは、経典を写し取る際に用いる紙に罫線を引く仕事からはじまり、" 罫線を引く人" が " 経師"という語源になったと言われることがある。教典は日々の仏事で利用するわけであるから、使っているうちにだんだんと傷んでくる。大切な物であるから、粗雑な扱いこそすまいが、長い間に過って破いたり、折れたり、汚したりすることもあるかも知れない。傷んで使い難くなるたびにそれを整え、簡単な修理をするような仕事が、いつか進化して現在に至ったものと思われる。当初は、宗教関係者が教典を管理していたので、ここに『経』や『師』の字が使われた由来もあるのだろう。
そろそろ師匠も走り出す『師走』。

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◎表具(写真は巻子【かんす】装幀)すると膨大な文字情報も小さくまとめて持ち運びが出来る。

2008年12月12日 (金)

抜け殻を観賞する

現代の博物館や美術館では、かつて宗教信仰の対象であった仏像や、教義を記す教典、仏教の世界観を表す絵画などが並べられ、仏教美術として観賞の対象となっている。ここでは、展示されている仏像を拝む人は稀だし、読経をあげる人となると皆無に等しいだろう。宗教に関心のない者、信仰のない者にすれば、それは古典的な彫刻であり、文字記録、絵画であるに過ぎない。
香の臭い漂う荘厳な寺院の中から、空調の完備されたハイブリットなガラスケースの中に納められた瞬間に、宗教、精神世界の拠り所から、歴史、美術品へと変貌し、その新たな価値が付帯され、さらに多くの人によって、また新たな価値イメージが投影される様になる。
仏像の修復を行う場合は、いったん魂を抜く儀式をしてから『物』にして、修理後にもう一度魂を入れ直してもとの仏像に戻す。博物館に展示されている仏像や仏教美術品というのは、ただの抜け殻なのだろうか。

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2008年12月 5日 (金)

紙を蝕むインク

万年筆などに使うインクは、染料が使われることが多く、耐候性が低く、水分に敏感で滲みやすい。一方、旧来から重要な公文書の作成などに使われてきたブルーブラックインクは、鉄イオンが含まれていて、筆記後、この鉄分が酸化することによって生じる黒い沈殿物が紙に定着して滲まなくなる。ブルーブラックと呼ばれるのは、青いインクと黒いインクが混ざっているからではなく、書いた当初は青く、酸化が進むごとによって黒くなるからのようだ。
しかしこのインク、良いことばかりではなくて、強い酸性を示すために金属さえ犯す。万年筆のペン先が金製になったのも、耐薬性が強いからで、現代になって、このインクが筆記した文字も、記した用紙までをも破壊することがわかりはじめ、問題となっている。
現在、インクの酸化を抑制する抗酸化処置が研究、一部で実施されているが、資料を水に濡らさなければならないこなど問題も多く、最近のニュースでは、海外の研究機関でガスによる非水性処置が開発されたとも聞くが、未だに事例、報告は少なく、研究、開発途上の保存修復処置。

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◎ブルーブラックインクによる損傷の一例。写真では見難いが、インクで書かれた文字の部分が一部抜け落ちしている。

2008年12月 4日 (木)

コラーゲンたっぷりの日本画

日本画で利用される岩絵の具も、色材料は基本的に油絵の具と同じで、鉱物などを細かな粉末(顔料)にして使う。油絵の具と違うのは展色材(接着剤)で、岩絵の具は膠水と混ぜて使うのが特徴。顔料は挽いた粒の細かさによって色合いが変化し、元は同じ鉱物でも、基本的に粒子が小さくなると色は淡く、大きいと濃く見える。一部の顔料はまた、火にあててばらくすると酸化が進み、変色するものもあるので、展色剤を混ぜる前に過熱して好みの色合いに調整することも出来る。
先述したように、描画時には膠水を混ぜて利用するが、膠水の中では顔料の比重差によって、乾燥するまでには重いものは下層に、軽いものは上層に移動してしまうので、異なった質量の顔料を混合し、求める色合いをつくる事は難しい。
膠は動物の皮下や骨にあるコラーゲンを煮出したもので、タンパク質が主成分。鹿、牛、兎などのほ乳類から、または鰉(ちょうざめ)などからも抽出出来る。この膠、油絵の具の乾性油とは異なり、固化当初は絵の具の周囲や間にあって顔料同士をつなぎ、さらに紙や布、板などへも接着させることが出来るが、やがて経年と共に乾燥が進み、内包していた水分を放出し、その体積を小さくして行く。通常、乾燥は表層より始まるので、先ず顔料表面にあった膠の体積が減り、顔料の粒はほぼむき出しの状態になり、これが日本画独特のマットな風合いを醸し出す。さらに年月を経ると、あるいは、環境によっては早期的に、膠のタンパク質も分解し、顔料と基底材間の接着力も衰え、いずれは顔料が剥がれ出して行く運命(宿命)にある。こうなった時には、絵の具層への膠の再含浸、基底材料と絵の具の間への膠の注入、再接着が必要になるので、こんな症状を確認したら早急に専門家に相談して欲しい。膠は黴など微生物の餌にもなるので、高湿度下に長く置くことも避けなければならない。
こうして書いてゆくと、そんなに脆弱な日本画なのかと思うが、往古より伝わる伝統的な東洋絵画の中には、同じ様な画材を使って数百年の歳月を越えて今なお残るものもある。同じ膠を展色材として使う墨の耐久年数も高い。しかし一方では、制作後一年も満たぬうちに崩壊の始まる絵画も存在するのも事実。今年もそんな現代絵画が持ち込まれてきた。ここには、同じ様に見えて、実は少しずつではあるけれど、製法の変化してきた画材、現代に於けるマテリアルの特性を無私さえする表現優先の描画方法、そして、私達人間にとっては安楽な空調システムによる劇的な環境変化、大気汚染等々、色々な破壊要素、原因がある。
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2008年12月 2日 (火)

カマンベール・チーズの様な油彩画

油絵の具は、数ある絵の具の中でも一際長く使われて来た歴史を持っている。その起原は14〜15世紀にさかのぼり、オランダのファン・エイク兄弟が油彩画技法の確立に大きな功績をもたらしたと伝えられている。油絵の具の主な成分は、色のもとである土や鉱石などを砕き、微粉末にした顔料に加えて、絵の具自体を固め、さらに描いたキャンバスや板に(専門家は基底材・支持体などと呼ぶ)くっ付けるための油の二つである。この油は、植物から採取されるものが多く、代表的なものとしてあまに油(Linseed oil)、けし油(Popy oil)、他にくるみ油(nuts oil)、私達がよく食用にするべにばな油(safflower oil)などがある。日本人の油彩画の創始者として名高い、かの高橋由一などは、荏胡麻(えごま)から採った油を使った。
これらの油は、乾性油と呼ばれ、長い間空気に触れるとゆっくりと固まってゆく特性がある。油絵の具の色のもとは、水彩絵の具や日本画で利用される岩絵の具とほとんど同じなのだが、後者がいずれも含まれた水分の蒸発、乾燥をもって固まるのに対して、油絵の具は、含まれる乾性油が大気中の酸素を取り込んで固化する。この乾性油が固化する現象は、私達の生活の中でもよく目にすることができて、一番分かりやすいのがキッチンのレンジ回り、換気扇あたり。年末の大掃除で換気扇を掃除したことがある人ならば、誰でも知ってるあの頑固な油汚れ!この種の油も、ボトルや缶から出した直後は滑らかで流動性に富むが、空気に触れてしばらく経つと粘り気が出て、一年も立つと固まって容易に取り除くことが出来なくなる。この固化現象を酸化重合といって、簡単にいうと(興味のある方は専門書を読んで下さい)、油の分子が酸素を橋渡しにしっかりと結合してゆくもので、油絵の具の場合は、結果としてその中に顔料をとじ込める。
油絵の具が科学的に完全固化するのには、およそ30年程度必要とされる。いったん固化すれば耐候性に優れ、製作後、有に数百年の歳月を越える『堅牢』な絵画をつくることも出来るいっぽうで、描き方次第では容易に崩壊する。昨年の春に、ある機関より修復を依頼された絵画は、制作後40年近く経過して、表面は固化しているものの、絵の具が厚く塗られた箇所の内部は柔らかだった。油彩画は、塗った絵の具が乾かぬうちに急いで描き重ねてゆく様なことをすると、空気に触れる画面だけが乾いて、乾いた絵の具膜によって外気から遮断される。表面は固めだけど、内部はいつまでもユルユルのカマンベールチーズの様になっていることもあるので注意が必要。
Yuga001 ◎分厚く塗られた油彩絵画は、制作後しばらくして内部の絵の具が溶け出すなんてこともある!?

2008年12月 1日 (月)

美術品の梱包と搬送 その1.

展覧会も多くなる秋口から、閉会、企画替えとなるこの頃、輸送事故を巡るトラブルで、作品がちょくちょくと持ち込まれる。傷んだ作品のほとんどは、梱包の不備(あるいは無頓着?)と思われるものが多い。
梱包にはいくつかの方法と考え方があると思われるが、まず、対象をしっかりと固定して、搬送中に容易に動かないようにすること。これは地震災害の時の転倒事故、落下事故対策にも通じると思う。搬送時に複数のものを運ぶならば、なおさら相互が動いて当たったり干渉しないようにすることが肝心だ。ただし、そのものが容易に色落ちしたり、脆く壊れ易いもの、ちょっとした加圧で変型するようなものにはこの方法はあてはまらない。この場合は、以下の第二、第三の方法を組み合わせるなど工夫する。

第二にショックの吸収。透明フィルムで小さな空気の粒を閉じ込めてあるエアーキャップ(プチプチのやつ)やウレタン素材を纏わせて、外界からの物理的な衝撃に備える。

第三に、先の尖った物、針や釘のようなものの接触に備えて、板や段ボールなどで覆う方法。これに、冠水事故を考慮した場合は、さらにビニールなど水をはじき、内部に浸透させない物で覆うと良いだろう。
ビニールなど、通気性の無いもので密閉した場合は、外界の温度が急変した場合に、内部に結露を来すこともあるので、温度差の大きな地域間の輸送には注意が必用。こんな時は、湿度を吸収する紙や布を第一層として作品を覆って緩衝材とし、対象物に直接、急激な変化を与えない様にすると良い。移動先の温度差の大きい場合は、梱包をすぐに解かず、少しずつ時間をかけて開梱し、納めた作品に移動先の環境に『慣らす』時間を与えよう。急激な温度、湿度の変化は、作品の材料素材を急激に伸縮させたり、最悪の場合、大きな破壊をもたらす結果となる。
当たり前のことであるが、梱包に利用する材料は、対象を汚さないためにも、できるだけ清潔な材料を利用しよう。また、梱包材料として市販されている商品の中には、長期的に安定しない物もあり、接着、癒着したり、有害ガスなどを発生する物もあるので、とくに対象に接触させる物については、出来るだけ安全を確認して利用すると良い。また、梱包したまま長く放置する様なことは絶対にしてはならない。
最近は美術品を専門に搬送する業者も増えてきたが、不安に思った時は専門家に相談して欲しい。

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