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加齢に抗う人 加齢を受け入れる人

今、私の前には400年余り前に製作された絵巻物がある。修復家の中には、もっと古い作品を扱っている者もいるから、彼らからすれば結構新しいものになるのだろうけれど、それでも、100年を超えて生きることもなかなか難しい人の一生を考えてみれば、その4倍もの年月を経ているのだから、今ここに対峙する瞬間、私には感慨深いものを感じざるを得ない。
そこには、これまで長く利用してきた触手痕や折れ皺、何かの液体をこぼした痕、展開と収納を繰り返した為に生じたのであろう摩滅、絵の具の剥落に伴うイメージの減衰、害虫による虫食い穴やカビによる変色など、長い年月の間に生じたさまざまな出来事が記録されている。
この作品は今日までの間、いったいどんな時間を経てきたのだろうか、どんな人のもとで利用されてきたのか。どうやって今日まで保たせてきたのだろうか、、、。
そんなはるかな時を経て、傷つき、痛んだ作品も、私たち修復家の知識と技術により、汚れを落とし、皺を伸ばし、傷や虫穴を塞ぐことができる。失ったイメージも、今知り得る限りの情報から、少しでも失う前の状態に見えるように補助的な処置をすることができる。よく手を入れれば何事もなかったのように、今よりも健康な状態に回復させる(そう見える様にする)ことができるだろう。
汚れ、傷ついていた絵画が綺麗になれば喜ぶ人は多い。多くの人は汚れや傷を良いものと考えない。そして、過去の多くの出来事は見えなくなり、今対峙している作品はその自然な時間の流れの中で経験してきた物事を失う。それは二度と手には入らない過去の出来事の記録である。

年老いることを拒む者は多い。もしかしたら、だから多くの人は、古い物も傷ついたものも嫌いなのかもしれない。年老いて、皮膚や髪の艶がなくなり、皺が増え、白髪になり、髪の毛が薄くなって、、、。そんな自分を想像するだけで、滅入ってしまうだろうか。だから色々とサプリメントを摂って、注射もして、皺を引っ張り、髪の毛を増やそうと頑張る。はたまたジムに通ってパワートレーニングをし、汗水を垂らして走る。たまに、最近見ることも少なくなったテレビをたまに見ると、『いつまでも若々しくいたい、元気で長生きしたい』といった人々を相手にしたコマーシャルが鬱陶しいほど多い。
一方で、自分の年老いた姿をそのままを受け入れようとする人もいる。近頃はグレーやシルバーになった髪を自分らしさとして、加齢することに新しい魅力を見出してオシャレを楽しんでいる人もいるようだ。
私は還暦を過ぎてずいぶん髪の毛が白くなった。友人の中には『染めればいいのに』という者もいるが、私は自分の白髪を嫌と思ったことはないし、アトピー持ちでもあるので、いろいろ薬品を使うであろう白髪染めはちょっと怖いし、したいとも思わない。そんな友人には、『カミさんはまだ髪が黒いので、私と一緒にいると若く見えていいんだよ』と笑ってあしらっている。

文化財の修復方針は国や地域によって管理者、所蔵施設の方針によって微妙に、場合によっては結構大きく異なる。経年やこれまでに受けてきた出来事、生じてきた現象をできるだけ残しておこうとする者がいれば、今よりも少しでも前の状態に戻したいと尽力しようとする者もいるのは、人が加齢を受け入れたり、加齢に抗ったりすることとどこか似て重なる様に思う。

 

2026年9月 6日 (日)

語り得ないこと

ウィトゲンシュタインという哲学者は、「論理的哲学の論考」という本の中で、「語り得ないことについては沈黙しなければならない」と言っている。ここには、ちょっと深い意味が含まれているようで、もう少し読み込んでいこうと思っているのだけれど、この言葉を通じて、いろんなことを考え、語ってゆくことも出来るように思う。彼の言っていることも、字面だけを見る限り、「語り得ない」なんて言っていること自体、ある意味すでに語っていて、ソレを言語化しているわけであるから、語り得ないなんてことはこの世の中には存在しないじゃあないか。などと突っ込みたくなる。私はここに、語り得ないモノ、言語化し難いモノを、ソレこそ語りたくなる。言語化せずにはいられない、誰もが避けることのできない人の性のようなものを感じるのだ。

私たち修復家が日々対峙する芸術作品も言語化することが難しいものはある。このブログを見に来てくれている人の中にもきっと、一度ならず、まるで言語化することを拒絶するような作品に出会ったことがあると思う。
芸術は面白い。文学や音楽でも良いのだが、筆舌に尽くしがたい作品こそ私は面白く感じてしまう。今でもよく覚えているのだけれど、初めてエリック・ドルフィーの『ERIC DOLPHY AT THE FIVE SPOT』というレコードを聞いた時は、まさに一瞬言葉を失った。奇妙奇天烈と言えば良いのだろうか、想像を超えたサウンドに驚き、半ば放心状態。あまり大きな音で聴いていたから、父や母からは『お前は一体何を聴いているんだ』と笑われ、訝しがられたりもした。このアルバム、今聴いてもキョーレツである。

たとえば「精神性が高い」とか、良いのか悪いのか、面白いのかつまらないのか、なんだか掴みどころがなくて、さっぱりわからない解説をする人がいるけれど、これもきっと、その人の奮闘の末に、肉体と心象が捉えたイメージを語り難くて、それを表す明確な言葉を見つけることができないで、でも語らずにはいられないから、曖昧な言葉でなんとかねじ伏せようとしているに違いない。
一方、物事を言葉にしてしまった瞬間に、なんだか色合いのない、面白みのない、無機質で、のっぺりとした、何やらつまらないものにしてしまい、せっかく私たちが得ていた感激、感動をうまく言い表すことができないこともあるだろう、本当はもっと豊かで、複雑に感じていたモノを、図らずも結果的に単純化してしまったり、縮小化してしまうこともあると思う。かのドルフィーの音楽も、奇妙奇天烈という言葉だけでは表現できないもの凄さ、面白さがあると思う。それをどう表現すれば多くの人により良く、確かに理解してもらえるかは、きっと誰にもわからないのかもしれない。

私は人々の言語化の行為を批判しようとは思わない。その人のボキャブラリーがどうだのこうだのも言うつもりも無い。かくいう私のボキャブラリーも貧相である。
うまい言葉が見つからないこともある。けれど、それでも言葉を探し、その語ろうとする、言語化しようとする営為、努力こそが私たちにとってとても大切なことなのだろうと思う。私はこういった奮闘こそが面白いと思うのだ。こういったことこそ、きっとAIなんかにはできないし(あれこれと説明はできるだろう)、それを楽しむなんてことも出来ないのだろうから。

 

*ルードヴィヒ・ウィトゲンシュタイン

*エリック・ドルフィ

“ERIC DOLPHY AT THE FIVE SPOT” VOLUME1 
1961年ニューヨーク、ファイヴ・スポットにおけるライブ録音

 

2026年8月21日 (金)

料理をする修復家

パートタイムで働きに出てくれている妻に代わって、彼女の帰りが遅くなる日は私が夕食を作る。かれこれ、十年あまり作ってきたので、レパートリーも増えてきた。レシピは本で覚えたり有名な料理人のYouTubeを見たり、よく行くお店で教えてもらったり。たまに外食をした際に、おいしい料理に出くわすと、その味を家に帰って再現してみるというのもなかなか面白い。もちろん、おいしく出来ることもあれば、イマイチなときもある。食べる人にとっては少々迷惑かもしれないけれど、それがまた面白い。
料理はレシピを見ただけでうまく出来るというものでもない。レシピにはその料理の香りや味わい、食べた時の食感も記されてはいない。たとえ記されていたとしても、私たちはそれを食べない限り本当のところはわからない。料理を食べた経験、味の体験はとても大きいと思う。どんな材料が使われ、香辛料が入っているか、材料の下拵え、火加減ももちろん大事であるが、確かな味の到達点がわからなければうまくはいかない。

私たち修復家が作品や資料を取り扱う際には、事前に綿密な観察、調査をしてゆくが、実際にそこからどれだけ情報を得られるかもその人の経験によって大きく左右されるだろう。経験のない者には、小さな問題を見落としたり、見過ごすこともあると思う。何とか得られた情報から、これと決めて進めた処置も、ピタリと正解のこともあれば、実際に治療を進めてゆく中で方向を修正しなければならないこともある。その方向修正も、これまでの経験が行く先に明かりを照らし、進むべきよりベターな方法を示唆してくれることがある。机上の学習ももちろん必要であるけれど、実際に観て、触れて、様々な経験を積むことによってこそ、より安全でより確かな処置を施すことができるようになる。

ちなみに、最近私は料理を作る際に細かく分量を量らない。はかりも計量スプーンも使わず(飲食に使う普通のスプーンを使います)、自分の経験則を生かして調味料、香辛料を加え、ちょくちょくと火の通り具合を見て、そして味見をして完成のイメージに近づけてゆく。肉も魚も野菜も、一見して同じように見えても、生産者によって、生産する場所や収穫する時期によって微妙に違う食材であるから、どんな料理も計量をすればうまく出来るとは限らない。こうして料理をしていると、どこか修復家としての日々の作業と料理をすることが、預かる作品や資料と食材のイメージが私の中で重なってくるのだ。

最近は一回の味付けでおいしく調理できるようになった。家族にも好評である。

経験は技術を補強し、そして導いてくれるのだと私は思う。

2026年4月 6日 (月)

たとえ誰かにとって意味のないことでも

私が修復家になろうと決心をした時期に、当時東京文化財研究所の研究員だった尾立和則さんに出会い、以後、彼にいろんなことをご教示いただいた。彼は私にとってもう一人の師である。その後、彼が運営をする『修復家の集い』という専門家のコミュニティに参加させていただき、1999年の年末末近く、日本ではまだインターネットの黎明期に、ウェブ上に小規模ながら現在でいうソーシャルネットワークサービスを立ち上げた際には、管理、運営者の一人として仲間に入れてもらった。

あれから30年あまりたってなお、私は今でも彼が私に言ってくれた一つの言葉を大切にしている。それは『誰かにとって意味のないと思われる情報も、誰かにとって有益なことがある』ということである。

この広い世界を見れば、さまざまな人が皆一緒に生きていて、インターネットテクノロジーが急速に進化した今では、たとえそれがヴァーチャルなものであっても、世界はより近く、小さくなったと思う。そこにはまた色々な考え、思いがあり、何かに対する多様な価値観ががあり、それがまた地域性や人種、社会を作り上げているのかと思うが、そう言った考え、思い、価値観が目の前に迫り、時に入り混じり、融合し、あるいは衝突さえする時代でもあるのかと思う。
かつてインターネットなどない時代にも、今のように高速ではないけれど、結構な物が、情報が行き交いをしていた。江戸時代に人気を博した浮世絵は、明治の頃になると廃れてしまい、なんと海外に輸出される陶磁器や漆器の包み紙や緩衝材、荷造り、梱包材として使い捨てされるようになった。しかし、『捨てるものあれば拾うものあり』とは誠によく言ったもので、それを目にしたヨーロッパの人々、とくに芸術に関わる人々の目に留まり、その東洋の、日本の類まれなる芸術性を再確認してくれたことは、現在日本に残る数少ない浮世絵を大切にするようになったことにつながっている。今もなお、『意味のなくなった』『価値のなくなった』物、情報が、この地球のどこかで、異なる世界、社会、人の間で再確認され、あらためて『意味』や『価値』が見出される。世界中で、高速に情報が行き交う今日、私たちはそんな『意味』『価値』の激しくも、目まぐるしいような再創造の場にいるのではないか。

私はこのコラムに、ひとりの開業修復家として、日々芸術作品や歴史的に貴重な資料に触れ、修復という施術をするという、誰もができることではない経験、その貴重な日々の中で思ったこと、考えたことを記してきた。私は駄文しか書けないし、私ごときの言動は誰の目にも止まらないかもしれないけれど、たいした価値はないと思われるかもしれないけれど、私の経験したことが何かのヒントやきっかけとなったり、ほんの少しでも、何かの役に立てれば幸甚である。
そして思うことがある。文化財を修復し、後世に残すと言う行為は、きっと誰かにとっては価値のないと思われる情報やその姿形こそを守り、残すとなのではないかと。

尾立さんはあの時、私にもう一こと言ってくれた。『情報は自分で抱えていては意味がない。発信しなさい。』と。

2026年3月31日 (火)

修復家つらいよ

私は長く『修復家』を標榜しているが、私たち日々修復家が行っていることは、人の創造物の延命であり、それを少しでも長く未来に向かって保てる様工夫をし、あるいは決して止むことない劣化の進行に抗い、今できうる最善の処置に努め、可能な限り遅滞させる処置を行うことである。人に例えるならば、少しでも健康に、長生きをさせると言うことに等しいかもしれない。人の命を預かる医師の皆様に対しては誠に烏滸がましいが、絵画や芸術品の医師であると名乗る者も少なからずいる。私たちも医師に負けず劣らず学習と訓練を積み、科学的に物事を捉えて、常に論理的に考えて対処を施していくから、そう名乗っている者がいても良いのかもしれない。たまにお客様から『絵を診るお医者様のようですね』と言われれば、私は少々気恥ずかしいが、信頼を得ること、リスペクトされることは嬉しく思う。

絵画や芸術品の修復というのは、人々の創造物である広く文化財の修復というのは、ある意味人の体を見る以上に、治療する以上に難しいこともある。それらは生命体ではないから、裂けたり、虫に喰われた痕は、技術を尽くし、何事もなかったのように見えなくするようなことはできても、人の傷の上に肌色の絆創膏を貼るようなもので(もちろん人は傷が癒えるけれど)、裂傷も虫穴も何か別なもので被覆しれたり、穴埋めることしかできないから、その実際は物理的にずっと残存している。そして、貼った絆創膏も全て劣化する。

私たちの仕事を、別に保存修復という。私たちの主たる目的、目標はあくまで今目の前にある姿形を長らえさせることであるからだ。しかし、長らえさせることも実は容易ではない。芸術品、人の創造物の多くが、天然素材からできていることが多く、こういった物は外界の環境に反応しやすく、温度や湿度の影響で伸びたり縮んだりするから、いつかクタクタになる。光にあたり続ければ変色や褪色し、利用していれば汚れもつく。常に大切に扱おうとしていても、それを所有する者も管理する者も、取り扱いに長けたものばかりではないから、思わぬ事故が起きて、大きく損壊することもある。常に安定した環境に置くことも大きな費用が必要になるし、常に安全に保存することは難しい。
さらには、以前このコラムでも話したが、汚れや傷を纏い、劣化した状態を愛でる人もいるし、それらを歴史的な実証として高い価値を見出す人もいるから、汚損も容易に落とすことはできないし、損傷もいたずらに直すこともできない。『保存』と一口に言っても、どこをどう保存するか問題になる。
求められる『正しい在り方』を理解し、所有者や管理者にとってより良い『修復の着地点』を見つけることは一筋縄ではいかない。専門家として『正しい』と思う処置を彼らの希望に寄り添って擦り合わせることがまた難しい。

 

これから修復家になろうとする若い人たちを脅かすつもりはないけれど、困難なことばかりのこの仕事、責任も大きく、とてもつらい仕事だと思う。でも、それを乗り越えることができたら、その達成感は大きいし、顧客が喜んでもらえたら、あなたは大きな幸せを感じることができるだろう。

2026年1月 3日 (土)

老化と新たな時間の創造

また新しい年がやってきた。午年というのは飛躍の年になるそうだから、きっとみなさんには素晴らしい一年でありますよう。

私たち人間と同じ様に、一枚の絵画はその制作が始まった時点で、いいやもっと言えば、そこに塗られた絵の具やキャンバスや画用紙が出来上がった瞬間から、そこにあるすべてのものが朽ち果てるまで老化を止めることはない。老化(劣化)は等しく絶対的だ。

私たちが作り出したものには、人間の様な再生機能はないから、傷ついて放っておけば治らない。私たち修復家の仕事は、その自然の掟とも言うべき、老化や怪我、病気に何らかの手を加え、その命を少しでも先送りにしようとする行為であり、自然に抗い、時の流れに逆らう行動である。

しかし、その行動の実際は、傷つき、失った部分に、例えば、歯科医が虫歯を削った後に金属や合成樹脂を埋めるような、見た目を整え、なんとか機能を維持できるようにするだけの対処療法(病気の根本原因を治すのではなく、現れている痛み・発熱・咳などの症状を和らげたり、一時的に楽にしたりする治療法 )であり、そこに覆われた損傷は決してなくなることがない。
そして、私たちが加えた処理が、そこに加えた物が、また新たな老化を始めるのである。イタチごっことは言わないが、まるでタイムマシーンで異なる時空間に行って、帰ってきた時には二つの時の流れが生まれてしまうかの様に、私たちの仕事は老化の掟を破って時の流れに逆らい、新たな時の流れを、老化の掟を加える仕事なのである。

2025年12月13日 (土)

修復イメージの共有

ここ数年は大学の付属施設や公共施設の仕事をすることが多くなった。こうした施設では近年、美術品や歴史資料の修復にあたっては、可能な限り現状の姿形を止め、なお処置後より長く利用できるようにすることが求められる。
しかし、現状の維持といっても、修復というなんらかの処置をする限り、処置対象は少なからず変化をする。堆積した塵埃を取り除くだけで、なんとなく綺麗になるし、綺麗な水を使って洗浄処置をするとさらに綺麗になることもある。『綺麗になる』と多くの人は大抵喜んでくれるけれど、『綺麗になる』前の様子が大切と思っている人たちにとっては好ましくない変化となってしまう。
骨董などという古い道具や書画を集めている人の中にも、多少の汚れや損壊は『景色』とか『風合い』などというような経年、時を経た証として評価をし、愛でる人がいる。

私は現代の作品も取り扱うことがあるが、製作後数百年の歳月を経ているものならば、どれだけ最善と思われる処置を施したところで、処置後長く状態の保持をするために所有者、管理者のそれなりの努力は必要不可欠となる。
経年により劣化が進み、損壊が生じた掛け軸や屏風の表装裂地、度重なる利用により擦り切れたような巻物の表紙なども作品本紙(作品本体、書画が描かれた画用紙や画布)とともに残して再利用したいという要求も増えてきたが、あまり劣化や損壊が進んでいると、たとえ再利用できたとしても、処置後の利用によりすぐに痛んでしまい、早々に再修復が必要になって、修復にかけた費用対価も低下するだろうし、せっかく修復処置をしても、処置前のように取り扱いが難しい状態が維持されることにもなる。

個人でも公共施設でも、美術品や資料を持っていれば必ず展示や研究、学習に利用する。公共が管理をする資料、美術作品というのは、市民に広く利用されてこそ価値がある。だから当然、何度も手に取るだろうし、取り扱う者の中には経験豊富なものもいればそうでない者もいる。大学の施設などは、結構頻繁に取り扱いや管理の担当者が代わったりするから、それなりに取り扱い方が変わってくる。展示や収納の繰り返しも、さらに長距離の搬送となればなお事故の可能性は高まる。
それならば、大切なものは箱にしまっておけば良いかといえば、そうでもない。もちろんそれでは利用できないし、とくに巻子や掛け軸など、収納時に細く巻いておくものは巻いたままにして長く放っておくと巻いた状態が残り、いわゆる『巻き癖』なる形状変化が生じ、それが経年を経て劣化をした紙や織物だと、展開時に折れたり、折れた箇所を放置しておくと亀裂が生じ、さらに裂傷へと症状が進んでゆくことが多い。この対策として『太巻き』『太巻き添え軸』というアタッチメントがあって、これを軸棒に挟んで巻くことで巻き径を大きくする方法があるが、デメリットとして収納箱が大きくなったり、取り扱いもそれなりに繁雑になるし、巻いた状態、その姿形が変わるので、それが伝統的でないとか、以前と違ってしまうことから利用を拒む者もいる。そういった無理や難題を解決するのがプロフェッショナルの仕事と心得てはいるが、誠に厄介である。

修復という作業、処置は、対象の十分な調査ができ、処置の方針が決まれば、あとは計画的に、けっこう坦々と作業を進めることができるのだけれど、修復のイメージ、少なからずも修復によって変化が生じることや現状を維持することの困難さについて、顧客とそのイメージを共有することがなかなか難しい。でも、その共有、顧客の希望とのすり合わせのようなものがとても大切であると私は考えている。

2025年10月31日 (金)

芸術の境界

1917年、「ニューヨーク・アンデパンダン展」において、マルセル・デュシャンは『噴水(泉(男子用小便器に「リチャード・マット (R. Mutt)」という署名をした作品))』を出店し物議を醸した。既成の便器に誰ともわからぬサインをして出展したのである。

先日、久々に訪れたポーラ美術館では、ライアン・ガンダーの”ユー・コンプリート・ミー”という展覧会が開催されていて、会場には様々な言葉が記されたたくさんの黒いボールが展示ケースの中に陳列されていたり(各階のロビーには巨大なボールもあった)、会場一室の床いっぱいに子供が遊ぶブロックや小さなプラスティック製の人形、動物が所狭しと並べられていた。私は楽しく鑑賞したが、いったいこれを芸術と呼べるのかいささか疑問に思わなくもなかった。

私が思うに(理解するに)、デュシャンは芸術とそうでないものの境界について鑑賞者に問うたのだろう。『お前はこれを芸術と呼ぶのか』と。

インターネットの急速な発展は、プロの芸術家も、専門的な教育を受けていないアマチュア芸術家も、インターネットという同じ土台に立って自由に表現をし、発表できるようになった。今はコンピューターとネットにつなげる環境さえあれば、何でもかんでも発表し、表現ができるのだ。そんな中で、だからこそ、芸術とそうでないものを区別することが難しくなっているのではないかと思う。
人は様々なものに価値を見出す力があり、私たちは皆その能力を備えているのだろう。価値を創造できるとも言って良いだろう。その力こそが芸術の源となる。でも実際には、芸術というのは、誰かがそれは芸術であると認めなければ、認められなければ芸術たり得ない。ではいったい、誰が認めれば芸術となるのだろうか。それは芸術ではないと言えるのだろうか。あなたは、いったい誰が芸術と呼べば、それが芸術と確信できるのだろうか。それとも、それはあなた自身で見分けることができ、判断することができるのだろうか。ならば、その根拠はどこにあるのだろうか。

芸術とそうでない物の境界は何処?

 

2025年10月 9日 (木)

私の鑑賞の極意

友人が藤田嗣治の展覧会に訪れたと連絡があった。私の知っている藤田嗣治の技法や彼の人生の有様を伝えると、『なーんだ、前もって聞いておければよかった』というから、絵画を鑑賞するということは情報を確認することではないよと伝えた。

いうまでもなく、絵画とは絵の具を使って行う表現である。そこに製作者の人生が反映していることもあろうが、その絵画を鑑賞するために、必ずしもその人の生い立ちや経歴を知る必要はない(もちろん、知りたいという気持ちも大切だと思うけれど)。展覧会へゆけば、そんなことも細かく丁寧に解説していることもあるけれど、絵画を鑑賞するということは、まずそれ自体と対峙をして、見て(できたら舐め回すように)、鑑賞者自らの心象に立ち上がってくるイメージや言葉と向き合うことがとても大切なことなのではないかと私は思う。そんなひとときを楽しんでほしい。

私は修復家であり、傷んだ絵画を治療し、少しでも長く保てるようにするために、絵画の構造やそこに使われている画材の性質をそれなりに知っているし、場合によってはその製作者の経歴や独特の癖や特徴も少なからず知っていることもある。それは私たちのような専門家や、研究者には必要なことであるが、一般に、絵画を鑑賞するために、その全てを知る必要はないと思う。美術館や博物館に足を運ぶ人の中には、売店で売っているカタログ、解説集を読みながら、あるいは絵画の解説をしてくれるレコーダー片手にヘッドホンをしながら、そういった情報を確認するように鑑賞をしている人が結構いるようだけれど、私はそれじゃあもったいないと思う。実にもったいない。

一枚の絵画をしっかりと、隅から隅までくまなく見てみよう。その絵画の中には『これこれこういう風に鑑賞をしなさい』などとはどこにも書いていない。書いてあるのはせいぜい作者のサインぐらいである。

大好きな音楽を鼻歌交じりで聞くように、そんな風にも気楽に自由に絵画を、芸術を楽しんでほしい。時に自分が鑑賞することを拒絶するような、そんな風に思う絵画、芸術に出会ったら、その拒絶が一体どこからやって来て、どんな風に感じたのか考えることも自らの鑑賞能力を育てる糧になるだろう。

2025年10月 7日 (火)

画用紙は波打ち変形する

版画や素描(画用紙)の波打ち、皺や折れなど変形を修正してほしいと相談を持ち込んでくる人は多い。先日はある文具店(額を扱っている)から問い合わせがあり、額装のため預かった版画作品が預かり先の店内で保管しているうちに波打ち変形したと顧客からクレームがあったという。顧客が言うには、自分の家で展示している際には変形は生じておらず、綺麗に平らな状態であったそうで、店舗の空調管理はどうなっているのかと指摘されたようだ。
顧客の家は一体どんなに高度な空調設備を持っているのだろう。はっきり言おう。美術館でさえ、高級外車が数台買えるような高額の特別な展示ケースの中でもなければ、一日24時間同じ温度、湿度を管理することはできないのだ。そんな環境下に置けば、版画や素描、水彩画などを描いた画用紙も安定をしているかもしれないけれど、そうでなければ、どんな紙でもちょっとした温度の変化や湿度の変化で不規則に波打ったり、変形したりする。そもそも家から持ち出した所有者は、その店までの道中の環境をいかに保持していたのだろうか。この夏、外は大変に暑かった。

画用紙、紙は多孔質の高分子でできており、もともと弱い水素結合で成り立っているから、周りの環境の微妙な変化で水分を吸収し、また蒸発させる。これは紙本来の性質である。乾燥すると画用紙がわずかに持っていた水分が排水されて収縮し、湿度が上がれば水分を吸収して膨張する。そして、どんな紙であれ、紙の繊維の分布、堆積状態にはムラがあるから、紙の伸縮は常に不均一、不規則である。さらに言えば、版画も素描も、描いた後では画用紙の構造がまた複雑に変化をする。とくに絵の具をたっぷりと塗ったところ(吸い込んだところ)や全く塗っていないような余白があると、紙の伸縮に部分的な差異が生じる。
かの作品は額装をされていて、新しい額へと改装を依頼されたと聞く。もとあった額装の仕方、作品の固定方法も見せてもらったが、作品は額の内部で接着テープを使って6箇所(左右の四隅、長編の中央部分)を固定されており、なおかつ作品前に置かれたペーパーマットにより作品の周囲のみ圧迫されており、ペーパーマットの開口部と覆われた部分では変形の状態が異なっていた。作品の固定方法、額装にも問題があったのは明らかだと思う。

版画や素描のコレクターの中には、画用紙、紙の性質をよく理解し、多少の変形は自然であると受け入れている。美術館や博物館の学芸員も、この紙の性質を熟知しているものであれば受け入れる。だから版画作品や素描のように一枚の薄い画用紙に描かれた作品は、額装の際にはしっかり固定をすることなく、作品が額の中でズレたり外れたりしないように必要かつ最小限の固定はするけれど、ある程度自由に伸縮、変形ができるように装幀をするのである。

もう一度言おう。画用紙は波打ち、変形する。

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