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保存修復

2018年5月15日 (火)

正麩糊(しょうふのり)を使う

薄い紙や絹織物に描かれた伝統的な絵画を修復する際、裏打ちによる補強を施す際、額装幀、掛軸装幀、屏風装幀など、表装作業にも正麩糊(しょうふのり)が欠かせない。正麩糊は小麦粉から抽出したでんぷんを煮溶かしたものだが、高い接着力があり、長い経年を経ても接着物を汚染させたりせず、経年によりその接着力こそ低下はするが、水を加えることで容易に溶解が出来ることから、必要に応じて接着剤を溶かし、古い表装材料や裏打紙も安全に取り除くことができる。この高い性能、安全性と可逆性が評価され、日本では国宝や指定文化財の修復現場で、そして今日では諸外国の主要な修復機関でも利用されている。

この正麩糊、もちろんデメリットもある。天然由来のでんぷんが材料であるだけに、煮溶かした糊は容易に黴が生える。冬の寒い日でもせいぜい10日ほど、夏は常温下に放置しておくと1週間ももたないので、使う時に、使う分量だけに溶かして使わなければならないし、自ずと作業も計画的に進めなければならなくなる。煮溶かした正麩糊は、通常一昼夜ほど置いて使うが、使う際には裏ごしを丁寧に掛けてダマを取り除き、水を加えて調整しなければならない。

この正麩糊に対して、昭和30年代頃に『化学糊【かがくのり】』などと呼ばれる合成接着剤が開発され、その利便性(腐敗しにくく、煮溶かす手間もなく、そのまま常温の水で溶かして使うことが出来る)から表具師の間で絶賛され、瞬く間に正麩糊の利用者が激減した。

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2018年5月10日 (木)

サクションテーブルを使った水洗

先週から、薄手の紙に描かれた絵画の水性洗浄処置をおこなっている。洗浄処置の方法は色々あるが、今回はサクションテーブルを使った洗浄処置をおこなう。

サクションテーブルは天板に細かい穴がたくさんあり、大型のバキュームクリーナーを接続して使用する吸引装置。この上に敷き紙、作品、養生紙(不織布)の順に重ね、上から精製水、または純水などをスプレーし、溶け出した汚染物質を水ごと強制的に吸引除去する。この装置を使うメリットは、短時間で画用紙の芯部まで洗浄液を染み込ませ、さらに一気に吸収出来ること。一方、この装置を使うデメリットもあって、上に置いた作品が装置の利用中、ちょうどエアコンなどに使われるフィルターのような状態になり、大気中に浮遊している細かな塵や埃などを吸着させてしまう点。このことを避けるため、作業環境を整えることはもちろんであるが、作業は出来るだけ短時間でおこない、部分的な処置が出来る場合は処置部以外をカバー(フィルムなどで覆う)したり、作品上に紙や養生紙を置いて、直接作品に大気が触れないように(作品を覆った紙や布に塵埃を吸着させるように)する。もちろん、水分を使うからには、描画材料が水に溶けないことは必須条件となり、事前の調査は十分におこなわなければならない。

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2018年4月28日 (土)

ベニヤ板に注意

額の裏板や額内部の主要構造にはベニヤ板が使われることが多い。ベニヤ板はほかの材料に比べ、安価で適当な強度が得られるため、家屋など建築物にも多用されている。ベニヤ板は薄い木板を繊維の方向を変えて何層か重ね、接着したもので、接着剤のほか、保存材や防虫剤など様々な薬剤が含浸しており、ここから発生するガスは健康被害も及ぼす。ハウスシック症候群という言葉も、すでに多くの人が聞き慣れた言葉だと思うが、ベニヤ板を使った額に納められた資料や絵画作品も健康被害を受ける。額の内部は家屋から比べると遥かに空間が小さく、おまけにベニヤ板は通気性がないから発生したガスは溜まる一方。長い年月を経ると変色も来たし、接触していたものも汚染させてしまうので、とくに貴重な作品への利用は避けたい。

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◎ベニヤ板が接触していた賞状とその賞状が納められていた額(裏面)。

2018年3月28日 (水)

修復に望まれるもの

世の中にはいろいろな物を修復する業者や技術者がいて、それぞれに独特の方法や技術を持っている。しかし、どんなものであれ、修復するとなれば、顧客から強く求められるのは元あったような色や形に戻されること。あるいは元あった機能や強度を回復し、修復以前と同じように利用できること。これが社会的に広く認知された『修復』という言葉の意味かと思う。

車の修復例を観てみると、傷つき凹んだ部分をハンマーでたたき出し、あるいは合成樹脂を盛りつけ研磨して整形、塗装、などといった一連の作業が日常的におこなわれている。損傷の状態にもよるのだろうが、これらの施工は損傷箇所に限定しておこなわれることはなく、問題のない健常な周囲部分までひろげて削ったり、塗装することが一般的な様で、この施工法によって処置した箇所と健常であった周囲が混然一体化し、滑らかに連続的につながり、修復箇所はわからなくなる。こういった修復方法は車に限らず、一般には多く認められ、よく観られるものかと思う。

かつては貴重な作品にも、先述の板金塗装のような処置が行われていた時代もある。作業効率を優先して、あるいは経済効率も優先したか、大きく痛んだ部分は適当に、あるいは根こそぎ取り除いてしまい、新たに用意した紙や布をはめ込むような処置も行われてきた。描画のない余白なら多少裁断しても罪悪感がなかったか、汚れた余白を切り取ったり、作品の周囲に接合された古い装幀材料を取り除く際に、固まって変質した糊しろを裁ち落とすようなことも頻繁に行われ、その結果、作品の寸法が小さくなっているケースも多い。欠損した描画部には健常部に及ぶ彩色、想像による再現がされたものも多く目にしたが、中にはずいぶんと大雑把で、稚拙な処置が施されているような例も少なくはなかった。

過去の修復処置が案外良く出来ていて、修理跡も、加えられた修理材料も良い状態で残存していることも稀にはあるが、大抵は修理痕が経年によって変色したり、変質したり、さらにその処置が健常部に及んでいて、修理材料もろとも痛んでしまっていて、古い修復材料を取り除くこともとても難しく、うかつに手が出せないような物もある。かつて修復した芝居小屋の群像を描いた絵画作品の中には、欠損した部分に描き加えた『顔』がいくつか見られたが、その取り扱いに苦慮した。こういった加筆のようなものは、私たちの職業倫理に従えば、オリジナルとは異なる物として、取り除くことを考えるのが通例である。しかし、それを取り除いてしまうと顔が無くなってしまうし、その顔も、それなりに経年を経て、補填されていた料紙も適当な経年色を帯びて周囲と混じり合い(所有者自身が違和感を感じていないケースがある)、あるいは後に描かれた顔も、当時のオリジナルの『顔』を偲ばせる物と判断され、相談の上、後の補修、加筆も温存させたこともあった。一般に、多くの人が描線や描画が欠けていることは望まないのだ。

私は長く修復家として、大学の資料館や地方の博物館など公共施設の仕事を続けてきた傍ら、企業や一般故人からもたくさんの仕事の依頼を受けてきたが、一般から預かる作品については、個人の思い入れが強く、顧客の望みを叶えるにあたっては、私たちの職業倫理(オリジナル以外に付け足されたものは排除する)が障害となることも少なくはなかった。文化財の修復事情など全く知らない顧客の望みを叶え、技術的な解決策を導きだすことも大変で、出来ないことも多く、出来ないことを詳しく説明し、説得し、修復のイメージ(私たちが正しいとする処置のあり方や修復後の姿)を共有することも、専門的な知識を持つ者が在籍する施設との仕事とは違った難しさがある。

多くの人々は先述の車の修理のように、欠損した色や形をもとの通りに回復させてほしいと願っているし、修理後は健常であった以前と同じように取り扱いが出来ることを望んでいる。しかし相手は百年は当たり前、時に数百年の時を経て今あるもの。当然、もとの様には戻らない、戻せないということもある。

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◎制作後の加筆跡(この作品の場合中央に墨書きされた顔)は取り除かれることが多い。描画部の欠損箇所には基本的に想像を伴う様な描画再現はおこなわない。

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◎大きく破損した部分も残骸が残っていれば奇麗に直ることもある。

2018年3月14日 (水)

修復報告書をつくる理由

私の工房では、公共、民間、個人を問わず、修復処置が終わると必ず報告書を作成し、作品の返却時に顧客に手渡している。報告書を作成する理由は、貴重な作品や資料を預かり、直接的な修復処置をおこなう修復家の責任として、施術、施工の記録をし、修復前後の変化を記録するため、さらに修復処置によって得た情報を詳しく伝えることで、修復後の取り扱いに役立てていただきたいと考えている。私たちが取り扱う作品や資料は、数百年の歳月を得ているものも珍しくはなく、もともとデリケートなものが多いし、問題点があれば、全て理解していた方が安心、安全。人の怪我や病気も、自らがその症状をよく理解して養生に努めれば、より治療の効果も上がるように、修復した物もまた、その後の保存や管理が大切になるから、私たちの作る修復報告書が、今後の有効な活用と延命の一役となってくれれば嬉しい。


私は2000年ごろからインターネット(祐松堂HP  http://yushodo.art.coocan.jp  )を通じ、美術品や歴史資料の修復にまつわる様々な情報を配信してきた。先述の報告書についても、所有者の皆さんにお願いして、いくつかの例を掲載している。その後、私たち修復家の世界も雑誌やTVなどで紹介され、昨今は関連するインターネットサイトも増えては来たが、やはり今もって修復家という職業はマイナーな世界であることに変わりはなく、もともとこの世界に関心を持っている人も少ない。

報告書の提出先が公共の美術館や博物館、資料館など、専任の学芸員や司書が在籍している場合は、自分たちの管理している作品や資料を熟知しているし、関心も高いので、比較的解説も楽になる(そう感じている)けれど、それでも修復の施術や方法論については、まだまだ明るい者は多くはないし、専門的な知識のない一般の人々が相手となれば、その内容を丁寧に、きちんと理解してもらえるように説明することは、また大切なことであり、結構大変な仕事でもある。

少し前に、ある地域の資料館の依頼で収蔵品の修復処置をおこなった際に、報告書の管理をどうしたものかと問われ、相談の上、当時の担当官の計らいもあって、近隣にある図書館で管理をお願いすることになった。本来、公共の費用で賄う修復業務については、その内容を誰もが知る権利があるだろうし、確認できる必要もあるだろう。

絵画や資料の修復処置には、今でも一般には知られていない方法や技術を使い、さらに専用の道具もあるし、使う材料、その名称についても一般に流通していない特殊な物がたくさんある。私は必要に応じて注釈を付けたり、解説のページを設けてもいるが、あまり情報量が多くなっても読むことが大変になってしまうだろうし、そうかといって、伝えるべき情報を減らしたり、重要な説明を省くことも出来ない。専門的な知識や情報を持たない人々への説明は、わかりやすい言葉で、丁寧に、そして手短かにすることなど工夫が必要と思ってはいるのだけれど、実際にはなかなか思うようにはいかず、預かった作品や資料の返却期限が迫ってくると、ついついいつもの様に事務的に書き上げて提出してしまう、、、。

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◎報告書には色々な情報を記すが、私の工房では 1.修復した作品、資料のおよその成り立ちや特徴 2.処置前の状況、劣化や損傷の状態 3.修復処置の概要 の3つを記録するのが基本となり、さらに修復前後の写真記録、必要に応じて取り除いた古い材料のサンプル、修復時に加えた材料のサンプルなど添付する。

報告書は全てパーソナルコンピューターを使って作成し、写真画像はデジタルカメラを利用。報告書は2組作り、1組を工房内で保管している。安全を考慮して文章については印刷物とデジタル化したデーターの双方ともに保管。写真画像を含むデジタルデーターは、パーソナルコンピューターによる保管と、コンパクトディスクに記録したものをあわせて保管している。


2018年2月16日 (金)

道成寺縁起

今年も長尺の絵巻物作品の修復から仕事のスタート。全長およそ16メーターを超える作品は、損傷こそ大きくはなかったが、料紙の接合を不用意におこなっており、広げてみると天地の辺は山あり谷あり、上に行ったりしたに下がったり、まるで蛇がのたくったかの様。さらにこの天地辺を整えようとしたか、後日適当に裁断をした様であるが、部分的に料紙が小さくなってしまっているし、とにもかくにも、収納時に巻子を巻き上げる際に、かなり無理をしないと小口を綺麗に整えて巻き上げることができなかった。

この作品には描画領域の上下に罫線が引かれていたが、この罫線も直線になっておらず、なかなか手強い。文化財の修理においては、本紙を裁断調整することは一切出来ないので、先述の裁断跡や凸凹の天地辺を整えるため、作品の天地に新たな紙を補填、増設して面積を増やし、この増設した部分を断ちしろとして裁断調整することで、巻き物全体を整える。

昨年末より解体、古い裏打紙の除去、変形を修正するための料紙の増設、虫損などの修理を終え、修復作業の山も越えてほっと一息の今日この頃。

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思いを寄せた僧侶に裏切られた少女が大蛇になって、逃げる僧侶をどこまでも追いかけ、果てはその僧を焼き殺してしまうというちょっと怖い話。紀州道成寺にまつわる伝説が描かれている。

2018年1月30日 (火)

シミは抜けるけれど

絵画作品のシミというと、写真のように斑点状に褐色化している例が圧倒的に多い。この原因のほとんどは黴などの微生物被害で、額の中で結露が発生し、その水分によって黴が繁殖をはじめたり、長く床の間に掛けておいた掛軸が、帯湿した壁面の水分やそれによって生じた黴に汚染されたり、シミが発生した作品を詳しく観察してゆくとその原因も見えてくる。

ちょっと話は変わって私の子供のころ、お正月が過ぎると母が鏡餅を細かくして揚げ餅などにしてくれたが、硬くなった餅を細かくするのと、黴びた部分を削ぎ落とすのに結構苦労した(よく手伝わされた)。上手く黴を取ったと思っても、揚げた餅を食べると結構黴臭いやつもあって、食べるのが嫌になった思い出がある。黴による汚染は見た目以上に厄介で、専門家に言わせると、ちょっとでも黴びたお餅は、結構内側まで菌糸が浸食していることもあり、あまり食べない方が良いらしい。

紫外線を照射すると、肉眼では確認出来ない部分にも異常が見られることがある。作品自体(画用紙、画布)のみならず、作品と接触、隣接する額材や装幀材料にも汚染が広がっていることもあり、そのままにしておいた場合、さらに被害が大きくなる可能性もあるので、消毒や交換が必要になる。

シミの変色自体は化学的な処置によって改善することは出来るが、伝統的な木版画(浮世絵)などはわずかに水分を与えただけで絵具が溶け出す可能性が高く、シルクスクリーン版画は水分を与えると描画面に亀裂が生じるので多くの場合処置が出来ないケースがほとんどで、変色自体は何とかなっても、作品の性質により、ほとんど処置が出来ないものもある。

シミは抜けるのだけれど、シミ抜きはけっこう厄介なのである。

Oroti01 画像01修復前の状態

Oroti02 画像02 修復前の状態、紫外線(ブラックライト)照射

Oroti03 画像03 修復後の状態

2017年11月30日 (木)

補彩はむずかしい

一般的な感覚からすれば、修復をするのだから、専門家に頼むのだから、修復をすれば痛んだ部分は跡形もなくきれいに直ることが当たり前のこととと思うだろう。実際に市場にある商品としての絵画作品や、一般のコレクター所有の絵画の修復においては、絵画上に欠けた描線や色面がある場合、それをを補うこと(以下 補彩【ほさい】と記す)を強く要求されることが多い。

しかし、貴重な絵画作品への補彩処置は、その価値を大きく左右するだけに、とくに慎重に対応する。その作品のオリジナリティー(独自性、信憑性)を守るため、制作者が塗布したオリジナルの絵具、画用紙や画布の上には新たに絵具をのせることは倫理的に出来ないし、ましてや描画部分が大きく消失してしまった場合、ここに想像をともなう様な加筆作業はできない。たとえそれが修復のためであったとしても、作品に何かを加えるということは、厳密には加筆(創作、創造)することに等しくなり、職業倫理的にこれをおこなうことはできない。

今日、絵画には多くの種類、技法があり、様々な材料の使い方があるが、一般に多く知られるものとして、薄い絹織物や和紙に膠と顔料を混合した絵具で描かれる伝統的な東洋絵画と、厚い麻布を木枠に張ったキャンバスに油彩絵具(乾性油と顔料の混合絵具)で描く西洋絵画に大別してみると、この二つの間での補彩方法はずいぶんと異なる。

東洋絵画は薄い絹織物や紙の上に描かれているので、そのオリジナルの画布や画用紙に絵具をのせると繊維の間に絵具が染み込んでしまい、完全に取り除くことは出来なくなってしまう。だから、基本的に画布や画用紙が虫食いや破損で欠損した場合のみ、そこに補填した代替の画布や画用紙の上にのみならば補彩も可能と私は考えるが、それでも周囲健常部分に絵具が浸透して広がる可能性も高いので、最近の東洋絵画の修復においては、欠損した描画部分の補彩、再現はほとんどの場合おこなわれず、欠損部分には料紙、料絹を補填の上、描画されていない部分の支持体の経年色(時間を経ることで自然に生じた古色)にあわせて染める程度に処置をとどめておく傾向にある。

西洋絵画(油彩画)の場合は、通常、画布や木板の上にあらかじめ白い地塗りを施し、描画層、ニス層というように層が形成されている。油彩画はニスも塗布出来る(もともと塗布されていない作品については基本的に塗布しない)ことから、オリジナルの絵画層の上にニスを塗布して保護膜(オリジナルの絵画層をニスで遮断、カバーしてしまう)をつくることも出来るため、その上から欠損部を充填したり、補助彩色を行ったりすることで、修理材料や補彩の絵具を直接的に接触、接着させない処置が可能となる(修理部は比較的に除去しやすい構造にすることができる)。

補彩に利用する絵具は、基本的にオリジナルのそれとは異なって、健常部分とはっきり区別できる物を使う。 油彩画は比較的補彩処置の自由度が大きい様にも思われるが、油彩絵の具は一度完全に固まると除去は難しくなるので、修復材料としては一切利用はしない。補彩をおこなう目的は、失った描画部が不自然に見えないように(目立って視線が誘導されない様に)するための処置ではあるが、あくまで補助的な処置として、制作者の使ったオリジナルの絵具と区別(分別)出来るようにするためにも、東洋絵画であれ、西洋絵画であれ、同質の絵の具は一切使用しないし、さらに遠い将来の再修復にも備えて、必要に応じて出来るだけ安全に取り除くこと(修復前の状態に戻すこと)が出来る物を使用し、それがなければ修復家自身が調整してつくる。

ヨーロッパでは結構昔から、絵画作品の補彩についてさまざまな議論、検討がされている。その技術、方法論についても、色々な形で確立されてはいるものの、今もなお、国や地域によって考え方も施術方法も微妙に異なっているようだ。何が安全で、さらに正しい方法かといえば、『補彩はしない』というのが文化財を保護する上ではもっとも(たぶんいろいろな意味で安全な)な考え方となるかと思うのだけれど、それが鑑賞の対象である限り、欠損した描線や色を補いたい、完全な姿を見てみたいと願うことは、鑑賞者(人、社会)にとってはまたごく自然なことであるかとは思う。絵画は私たち人間にとって、その色彩や形こそが知覚出来る最大の情報であり、その情報を最大の価値として鑑賞する絵画でもある。でもだからこそ、それを大きく左右する補彩処置に、私たち専門家はとても慎重になるのだ。

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◎個人所有の揮毫作品(書跡/揮毫作品) 

写真は絹本に揮毫された作品。支持体の欠損が大きく、支持体ごと文字も欠損していた。この作品については新たに用意した料絹を充填し、所有者の希望により可能な限りの(充填した料絹に限定した) 補彩をおこなった。明らかに描線が途中で途切れたり、同一の色面が欠損したものと判断が出来る場合には、線や色を補うことは比較的容易ではあるが、想像を必要とする作業はいたずらに行うことが出来ない。

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◎博物館所有の作品(東洋絵画)

厚手の和紙に膠と顔料を用いて描かれた絵画。たとえ絵具が大きく剥落したとしても、補彩をするためにオリジナルの支持体や描画上に直接絵具を置かざるを得ない様な場合には、残る絵具の保護はしても、補彩はおこなわない。

2017年11月 4日 (土)

歪む絵画、波打つ絵画

西洋絵画であれ、東洋絵画であれ、版画であれ、絵画を描くには必ず絵具を載せる土台が必要となり、この土台になる材料を総じて支持体【しじたい】と呼んでいる。伝統的に、また一般に多く使われてきた使われてきた支持体材料には、木板、麻や絹などの織物、紙などがあるが、いずれも天然の素材を加工したもの。これらは大気の湿度や温度の変化に応じて自らが含む水分量を変化させ、微妙な伸縮を繰り返す結果、反り返ったり、波打ちが生じたりするし、質量のある木材にいたっては、変形が大きくなると亀裂が生じたりすることもある。

絵画の技法によっては、部分的に絵具を厚く塗ったり(絵具の接着成分などによって湿度の影響を受けにくくなる)、版画のように部分的に圧縮した場合(密度が高くなる)に、絵具のある場所のない場所、プレスされた場所とそうでない場所で材質に変化が生じ、また不規則に変形するようになる。

版画作品に多く見られる額装幀方法として、作品の周囲にペーパーマットを設置して、裏からベニヤ板などで押さえつけているものが数多く観られるが、こういったセット方法によっても、マットで押さえられた部分(押さえつけられて伸縮が抑制される)と開口部(抑制されない)に環境差が生じ、後に作品(画用紙)のマットの開口部分が膨らんでくるなど、結果的に不規則な変形を生じる例も数多い。

支持体の変形を防ぐ、あるいは抑制する方法としては、裏打ちを施したり、さらに動きにくい(湿度の影響を受けにくい)構造物(例えば襖の下骨など木軸格子や木枠、木製のパネル)に固定する方法もあるが、作品の種類や性格、性質によっては、これらの加工、対策は出来ない。基本的に、版画作品には裏打ちはしないため、まずは気温、湿度を出来るだけ一定に保つことが大切になる。

一般の家庭におかれるような作品の場合には、温度も湿度もコントロールが難しいのが現状で、ある程度の変形は容認しなければならないと思うが、展示利用には出来るだけ一日の温度差の少ない場所を選んだり、気候の厳しい季節にはより安全な場所に保管して、さらに長期間の展示を避けることも有効になるかと思う。とくに厳暑や厳冬期にはエアコンなどこまめに利用して、急激な温度上昇、湿度の上昇を抑制したい。これに加えて、額の改良や作品のセット方法を工夫、改良したり、湿度をコントロールする材料など装着するのも有効だ。


11月に入って、一段と朝夕冷え込むようになってきたと思う。これからさらに寒くなり、暖房器具を利用する機会も多くなるだろう。急激な温度の上昇は額に装着されたガラスの内側などに結露を生じさせることもあるし、結露が生じると黴が発生を促すことにつながるので、ぜひ注意をしてほしい。黴が繁殖をはじめると、一見して軽微な症状であっても、実は深刻な状態になっていることも少なくはない。


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◎額装幀された版画作品によく見られる症状。銅版によって強くプレスの掛かった画用紙の中央と周囲の動きに差が生じているのがわかるかと思う。額の中でマットやベニヤ板に挟まれていた部分(画用紙の外周)は、狭い空間の中で無理に動こうとして細かな波打ち、ひだを形成し、開放されていた中央部は大きく前方に膨らむ用に歪んでいる。この作品は額の内部に結露が生じ、長く耐湿していた様子で、黴による被害も生じていた。青く見える写真は紫外線を照射した様子。黴害にあった部分が斑点状に変色しているのがわかる。

2017年8月 9日 (水)

虫食い穴の修理

紙を支持体とした資料、作品の虫食い穴の修理には色々な方法があるが、最も簡単なのは同質の紙(色、厚さ、しなやかさなどが近似したもの)を穴の空いた部分に補填する方法。繊維の短い用紙は難しいが、和紙の場合は長い繊維を利用して色々と処置ができる。

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◎幅2〜3ミリ程度に喰い裂いた紙を虫食い穴にあてて糊付けする。紙を引き裂いたときにできる毛羽(紙繊維)を利用して糊付けをすることで、修理部分の周囲に段差もできず、仕上げも良くなる。

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