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保存修復

2017年11月 4日 (土)

歪む絵画、波打つ絵画

西洋絵画であれ、東洋絵画であれ、版画であれ、絵画を描くには必ず絵具を載せる土台が必要となる。私たち修復家は、この土台になる材料を総じて支持体【しじたい】と呼んでいる。長く伝統的に、また一般に多く使われてきた使われてきた支持体材料には、木板や麻、絹などの織物、紙などがあり、いずれも天然の素材を加工したもので、湿度や温度の変化によく反応する。多くの支持体は自らが含む水分量によって微妙に伸縮を繰り返し、この結果、歪みや波打ちが生じたり、質量のある木材などは変形が大きくなると亀裂が生じたりすることもある。

絵画の技法によっては、部分的に絵具を厚く塗ったり(絵具の接着成分などによって湿度の影響を受けにくくなる)、版画のように部分的に圧縮した場合(密度が高くなる)に、絵具のある場所のない場所、プレスされた場所とそうでない場所で異なる変化が生じ、さらに不規則に変形する。

版画作品に多く見られる額装幀方法として、作品の周囲にペーパーマットを設置して、裏からベニヤ板などで押さえつけていると、有効画面、マットの開口部が膨らんだり、歪んだりすることがあるが、これもマットで押さえられた部分(押さえつけられて伸縮が抑制される)とマットの開口部(抑制されない)に環境差が生じ、結果的に不規則な変形を生じさせる。

支持体の変形を防ぐ、あるいは抑制する方法としては、裏打ちを施したり、さらに動きにくい(湿度の影響を受けにくい)構造物として、例えば襖の下骨など木軸格子や木枠、木製のパネルに固定する方法もあるが、作品の種類や性格、性質によっては、これらの対策も出来ない(版画作品には裏打ちはしない)ことがあり、基本的には気温、湿度を出来るだけ一定に保つことが大切になる。

一般の家庭におかれるような作品の場合には、温度も湿度もコントロールが難しいのが現状で、ある程度の変形は容認した上、展示利用には出来るだけ一日の温度差の少ない場所を選んだり、気候の厳しい季節にはより安全な場所に保管して、長期間の展示を避けることも有効になるかと思う。とくに厳暑や厳冬期にはエアコンなどこまめに利用して、急激な温度上昇、湿度の上昇を抑制したい。額装幀された作品ならば、完全な対策とまではならないが、湿度を調整する材料を額の内部に組み込むことも有効な手段となる。


11月に入って、一段と朝夕冷え込むようになってきたと思う。これからさらに寒くなり、暖房器具を利用する機会も多くなるだろう。急激な温度の上昇は額に装着されたガラスの内側などに結露を生じさせることもあるし、結露が生じると黴が発生を促すことにつながるので、ぜひ注意をしてほしい。黴が繁殖をはじめると、一見して軽微な症状であっても、実は深刻な状態になっていることも少なくはない。


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◎額装幀された版画作品によく見られる症状。銅版によって強くプレスの掛かった画用紙の中央と周囲の動きに差が生じているのがわかるかと思う。額の中でマットやベニヤ板に挟まれていた部分(画用紙の外周)は、狭い空間の中で無理に動こうとして細かな波打ち、ひだを形成し、開放されていた中央部は大きく前方に膨らむ用に歪んでいる。この作品は額の内部に結露が生じ、長く耐湿していた様子で、黴による被害も生じていた。青く見える写真は紫外線を照射した様子。黴害にあった部分が斑点状に変色しているのがわかる。

2017年8月 9日 (水)

虫食い穴の修理

紙を支持体とした資料、作品の虫食い穴の修理には色々な方法があるが、最も簡単なのは同質の紙(色、厚さ、しなやかさなどが近似したもの)を穴の空いた部分に補填する方法。繊維の短い用紙は難しいが、和紙の場合は長い繊維を利用して色々と処置ができる。

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◎幅2〜3ミリ程度に喰い裂いた紙を虫食い穴にあてて糊付けする。紙を引き裂いたときにできる毛羽(紙繊維)を利用して糊付けをすることで、修理部分の周囲に段差もできず、仕上げも良くなる。

2017年7月27日 (木)

作品を分離する

厚い台紙に貼られた絵画作品の分離作業。この作品はもともと画帖(折り本。御朱印帳のような形態の本)の装幀形態となっていたもので、水墨画を描いた料紙が添付されていたが、本の内部に黴が発生したため、作品本紙を分離する事となった。

作品を固定する台紙は厚く、固く、一方の添付された作品は薄くやわらかい。伝統的な工法で作品が裏打ちがされている場合は、背面から水分を与える事で接着剤は緩み、裏打ち紙を取り除く事が出来るのだが、このように厚く、固い紙が作品背面に固定されている場合は、作品の分離が困難になる事が多い。裏面の紙は繊維の密度も高く、簡単に水が浸透しないので、水にアルコールを混ぜ、浸透を促すなど工夫が必要になる。

作品を痛めぬように少しずつ、慎重に背面の紙繊維を取り除いてゆく作業は、小さな作品でも結構な時間が必要となり骨が折れる。

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つい先日まで、うだるような暑さが続いていた東京だが、ここ数日は曇空が続き、何やら不順な天候のこの夏。

どうぞ皆様ご自愛ください。

2017年7月 5日 (水)

ゼオライト不織布

掛軸を箱に収納する際、従来は羽二重折りの絹布や和紙で包んで納めていた。いずれの材料も適度に湿気を吸収する緩衝材として、あるいは箱の木材より発生するガスや灰汁、ヤニなどから保護する(直接触れさせないようにする)目的から使用してきたが、最近はゼオライトと呼ばれる鉱物が配合された不織布を使うようにしている。このゼオライトは、日本では沸石【ふっせき】と呼ばれ、活性炭のように結晶構造中にたくさんの空隙を持っており、ガスや匂いを吸着する高い性能を備えている。

掛軸装幀時に使用する和紙や糊は、独特な匂いのあるものもあるが、この不織布でしばらく包んでおくと、ほとんど知覚出来ないくらいになる。

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◎この布は薄くてしなやかなので、容積に余裕がある場合、空間がある場合は

額の内部に挿入することもできる。

商品名 "Gas Q" 株式会社 資料保存機材 < http://www.hozon.co.j >より購入できます。

2017年4月13日 (木)

紙筒を使った掛軸

大きな絵画作品を掛軸に装幀する際、用紙が厚かったり、絵具の層が厚くて巻きにくい様な場合は、巻き芯を太くすることで収納時のストレスを小さくし、折れたり、巻き癖がつくことも回避出来る。通常は『太巻き添え軸』というアタッチメントを使い、軸棒に被せて巻いて収納するが、大きな作品になるとそれなりの重量になるし、制作費用も収納箱と合わせるとかなりの高額になる。

作品の様式や、掛軸の大きさによってはバランスが悪くなることもあるが、大きな掛軸には紙製の筒を掛軸の軸棒として使うことがある。この筒は中性の紙を積層させたものだが、精密にできていて反りやゆがみも無く、 硬くて強度も十分。さらに軽いので、掛軸を吊るして展示した時の負荷も小さくて良い。収納時にはおなじような中性紙でできた段ボール箱を利用すれば、全体の制作費用も安価で済ませることができる。
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この紙筒には専用の軸先を取り付ける。この軸先は桐材製で、特別に制作してもらったもの。

2017年4月 6日 (木)

ブックマット装幀 

今週は絵画作品のマット装幀作業を進めている。マット装幀とは、積層させた厚手の硬い紙に作品を挟み、画面側に窓を開けたもの。この状態で額装幀することもできるし、このまま保管したり展示したりすることもできる。

薄手の紙に描かれた絵画や版画作品、 経年によって劣化、脆弱化した作品や資料は、マット装幀することで直接接触せずに取り扱うことができて安心。マット用紙も酸性物質や不純物を含まない安全なものを使うことで保存性能が向上する。
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◎写真のマット装幀は『ブックマット』と呼ばれる仕様。
作品の大きさ(有効画面)にくり抜いたウインドウマットと、
作品背面にあてがうバックボードの一辺にヒンジを取り付け、
本のように開閉ができるようにしたもの。
このようなマット装丁は作品本体へのアクセスも容易で、
作品の固定方法によって背面の観察も出来る。

マットカッターは市販のカッターと自家製の定規を組み合わせた
ものだが、高い精度で裁断、くり抜き加工ができる。

2017年3月24日 (金)

大きな掛軸

年に数回、結構な大きさの掛軸の修理を依頼される。高さ(長さ)もさることながら、掛軸は幅が大きくなると完成後の取扱いも難しくなる。自分の腕の長さを超えてしまうと一人では取り扱えなくなるし、修理後の展示も収納も一苦労。もちろん、修理中の取扱いもなにかと苦労が多い。

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◎高さ(長さ)2m60cmx幅1m20cmの掛軸。一般に多く見る掛軸のおよそ3〜4倍の大きさになるかと思う。写真の状態は裏打ちした作品と表装裂地をつなげた状態(裏面)。仕上げた状態はこれから少しばかり小さくなるが、この段階では作業台いっぱいの大きさになった。
これから全体に裏打ちをおこなって仮張(【かりばり】前述を参照ください)に張り込んで乾燥させ、乾燥後に寸法を決めて周囲を整えた後、最終的な裏打ちをおこなう。
はじめの裏打ちから最終裏打ちまで、作品の肌裏打【はだうらうち】、表装裂地の肌裏打、作品の増裏打【ましうらうち】、表装裂地の増裏打、掛軸の形に作品と表装裂地を接合の上全体に中裏打【なかうらうち】、最終裏打ちとして総裏打【そううらうち】と計6回、全体には4層ほどの裏打ちを施し、裏打ちごとに仮張に固定して乾燥させる作業を繰り返す。

2017年2月 2日 (木)

仮張【かりばり】

毎年末から年始の時期は、3月末のいわゆる『年度末』までの返却が求められる修復の仕事が多くなる。いつもこの時期はとても忙しくなるのだけれど、今年は比較的小さな作品が多かったので、いつもより少し早めに大きなヤマも越えて、無事に約束の期限までに返却出来るメドもついてきた。ほっと一息の今日この頃。
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◎写真は仮張【かりばり】というパネルに裏打ちした作品を貼付けて乾燥させている状態。仮張【かりばり】とは、障子の様な木軸の骨組みに和紙を貼り重ねたパネル(縁のない襖の様なもの)の表面に柿渋【かきしぶ】を塗布したもの。または、乾燥の為に裏打ちした作品や掛軸などを張り込む作業。
掛軸や巻き物は通常、肌裏打【はだうらうち】、増裏打【ましうらうち】、中裏打【なかうらうち 】、総裏打【そううらうち】と作品の厚さや状態にあわせて、背面に薄い和紙を数層糊付けする。そしてこの和紙を糊付けする度に仮張に周囲を糊付けして固定し、乾燥させることを繰り返す。

2016年12月24日 (土)

掛け軸、巻物、表装の寿命

掛け軸や巻物は、薄い料紙(画用紙)や料絹(絵絹)の背面に和紙を何層か貼付けて強度を上げ、一枚のシート状になっている。背面に和紙を貼付けることを『裏打ち』と呼ぶが、この裏打ちは小麦粉から出来た澱粉糊によって接着されていて、この接着剤は経年によって劣化し、次第に接着力が低下して、いずれは裏打ちした紙も剥がれてくる。

裏打ち紙から遊離して、補強を失った薄い料紙や絵絹は湿度の影響などで自由に伸縮し、たわんだり歪んだりし、この状態で、うかつに掛け軸や巻物を巻いたり広げたりしていると、皺や折れが発生し、症状が進むと亀裂や破損にいたり、折れた箇所は絵の具も剥がれやすくなってしまうので注意が必要だ。

伝統的に表装作業の現場で長く使われてきた接着剤は、巻いたり広げたりを繰り返す掛け軸や巻物の裏打ち、表装作業には無くてはならず、経年を経ても水分を加えることで、安全に作品から裏打ち紙を取り除けることも出来る優れたものではあるが、その耐用には限りがある。耐用年数は保管環境や使い方にもよるが、裏打ち紙が剥離をはじめたら、修理が必要な時期と理解して、専門家に預けてほしい。
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裏打ち紙が剥離し、料絹が浮き上がった状態で巻かれた作品。折れ皺が発生している。
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同じ作品の背面。水泡上に裏打ち紙が浮き上がっているのがわかる。こうなったら、出来るだけ速く処置したい。

2016年8月29日 (月)

『仏像再興』

信仰の対象となり、人と社会によって特別な価値(生命)を与えられた仏像の修復は、私たちの日々取り扱う芸術作品や歴史資料のそれとは、その物質的な大きさや重量もさることながら、比べることのできない取扱いの困難さがうかがわれる。

本書は仏像修復の方法論や技術解説書としても読みやすく、興味深いものとなっているが、仏像を取り巻く人と社会、今日に至るまでの数奇な歴史から、仏像の存在価値をあらためて知り得ることができる良い1冊。

そして、私たち修復家自身が、修復という活動を『再考』させられる1冊でもあるかと思う。

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◎『仏像再興』牧野隆夫 著 山と渓谷社 ISBN978-4-635-33067-1  価格1,800円+税

 

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