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保存修復

2018年2月16日 (金)

道成寺縁起

今年も長尺の絵巻物作品の修復から仕事のスタート。全長およそ16メーターを超える作品は、損傷こそ大きくはなかったが、料紙の接合を不用意におこなっており、広げてみると天地の辺は山あり谷あり、上に行ったりしたに下がったり、まるで蛇がのたくったかの様。さらにこの天地辺を整えようとしたか、後日適当に裁断をした様であるが、部分的に料紙が小さくなってしまっているし、とにもかくにも、収納時に巻子を巻き上げる際に、かなり無理をしないと小口を綺麗に整えて巻き上げることができなかった。

この作品には描画領域の上下に罫線が引かれていたが、この罫線も直線になっておらず、なかなか手強い。文化財の修理においては、本紙を裁断調整することは一切出来ないので、先述の裁断跡や凸凹の天地辺を整えるため、作品の天地に新たな紙を補填、増設して面積を増やし、この増設した部分を断ちしろとして裁断調整することで、巻き物全体を整える。

昨年末より解体、古い裏打紙の除去、変形を修正するための料紙の増設、虫損などの修理を終え、修復作業の山も越えてほっと一息の今日この頃。

Emaki2018

思いを寄せた僧侶に裏切られた少女が大蛇になって、逃げる僧侶をどこまでも追いかけ、果てはその僧を焼き殺してしまうというちょっと怖い話。紀州道成寺にまつわる伝説が描かれている。

2018年1月30日 (火)

シミは抜けるけれど

絵画作品のシミというと、写真のように斑点状に褐色化している例が圧倒的に多い。この原因のほとんどは黴などの微生物被害で、額の中で結露が発生し、その水分によって黴が繁殖をはじめたり、長く床の間に掛けておいた掛軸が、帯湿した壁面の水分やそれによって生じた黴に汚染されたり、シミが発生した作品を詳しく観察してゆくとその原因も見えてくる。

ちょっと話は変わって私の子供のころ、お正月が過ぎると母が鏡餅を細かくして揚げ餅などにしてくれたが、硬くなった餅を細かくするのと、黴びた部分を削ぎ落とすのに結構苦労した(よく手伝わされた)。上手く黴を取ったと思っても、揚げた餅を食べると結構黴臭いやつもあって、食べるのが嫌になった思い出がある。黴による汚染は見た目以上に厄介で、専門家に言わせると、ちょっとでも黴びたお餅は、結構内側まで菌糸が浸食していることもあり、あまり食べない方が良いらしい。

紫外線を照射すると、肉眼では確認出来ない部分にも異常が見られることがある。作品自体(画用紙、画布)のみならず、作品と接触、隣接する額材や装幀材料にも汚染が広がっていることもあり、そのままにしておいた場合、シミが再発したり、さらに被害が大きくなる可能性もあるので、消毒や交換が必要になる。

シミの変色自体は化学的な処置によって改善することは出来るが、伝統的な木版画(浮世絵)など水分を与えることによって絵具が滲んだりする様な作品は処置が出来ないし、シルクスクリーン版画は水分を与えると描画面に亀裂が生じるので多くの場合処置が出来ない。

シミは抜けるのだけれど、シミ抜きはけっこう厄介なのである。

Oroti01 画像01修復前の状態

Oroti02 画像02 修復前の状態、紫外線(ブラックライト)照射

Oroti03 画像03 修復後の状態

2017年11月30日 (木)

補彩はむずかしい

一般的な感覚からすれば、修復をするのだから、専門家に頼むのだから、修復をすれば痛んだ部分は跡形もなくきれいに直ることが当たり前のこととと思うだろう。実際に市場にある商品としての絵画作品や、一般のコレクター所有の絵画の修復においては、絵画上に欠けた描線や色面がある場合、それをを補うこと(以下 補彩【ほさい】と記す)を強く要求されることが多い。

しかし、貴重な絵画作品への補彩処置は、やはりその価値を大きく左右するだけに、とくに慎重に対応する。その作品のオリジナリティー(独自性、信憑性)を守るため、制作者が塗布したオリジナルの絵具、画用紙や画布の上には新たに絵具をのせることは倫理的に出来ないし、ましてや描画部分が大きく消失してしまった場合、ここに想像をともなう様な加筆作業はできない。たとえそれが修復のためであったとしても、作品に何かを加えるということは、厳密には加筆(創作、創造)を加えることに等しくなり、職業倫理的にこれをおこなうことがむずかしいのだ。

今日、絵画には多くの種類、技法があり、様々な材料の使い方があるが、一般に多く知られるものとして、薄い絹織物や和紙に膠と顔料を混合した絵具で描かれる伝統的な東洋絵画と、厚い麻布を木枠に張ったキャンバスに油彩絵具(乾性油と顔料の混合絵具)で描く西洋絵画に大別すると、この二つの間でも補彩の方法はずいぶんと異なる。

東洋絵画は薄い絹織物や紙の上に描かれているので、そのオリジナルの画布や画用紙に絵具をのせると繊維の間に絵具が染み込んでしまい、完全に取り除くことは出来なくなってしまう。だから、基本的にその画布や画用紙が虫食いや破損で欠損した場合のみ、そこに補填した代替の画布や画用紙の上にのみならば、倫理的に補彩は可能と考えるが、それでも周囲に絵具が浸透して広がる可能性も高いので処置は難しい。最近の東洋絵画の修復においては、欠損した描画部分の補彩、再現はほとんどの場合おこなわれず、描画されていない支持体の経年色(時間を経ることで自然に生じた古色)にあわせて染める程度にしか彩色はしない傾向にある。

西洋絵画(油彩画)の場合は、東洋絵画に比べて支持体に絵具を染み込ませる様な描画法ではなく、支持体(画布や木板など)の上に地塗りを施し、描画層、ニス層というように層が形成されている。油彩画はニスも塗布出来る(もともと塗布されていない作品については基本的に塗布しない)ことから、オリジナルの絵画層の上にニスを塗布して保護膜(オリジナルの絵画層をニスで遮断、カバーしてしまう)をつくることも出来るため、その上から欠損部を充填したり、補助彩色を行ったりすることで、修理材料や補彩の絵具を直接的に接触、接着させない処置が可能となる(修理部は比較的に除去しやすい構造にすることができる)。

補彩に利用する絵具は、その種類や絵具をのせる画用紙、画布の材質によって、塗布した絵具が染み込んでしまい、後の除去は難しくなる。油彩絵具も一度完全に固まると除去は難しくなるので、修復材料としては一切利用は出来ない。補彩をおこなう目的は、失った描画部のあたりが不自然に見えないようにするための処置ではあるが、そこに用いる絵具については、必要に応じて出来るだけ安全に取り除くこと(修復前の状態に戻すこと)が出来るように工夫し、さらに制作者の使ったオリジナルの絵具と区別(分別)出来るようにするためにも、同じ物は一切使用しないようにしている。

何が安全で、さらに正しい方法かといえば、『補彩はしない』というのが文化財を保護する上ではもっともな考え方となるかと思うのだけれど、それが鑑賞の対象である限り、欠損した描線や色を補いたいと願うことは、鑑賞者にとってはまたごく自然なことであるかとは思う。ヨーロッパでは補彩処置についてけっこう昔からさまざまな議論、検討がされている。その技術、方法論についても、いまでは色々な形で確立されてはいるものの、国や地域によって考え方も施術方法も微妙に異なっているようだ。

今日もなお、私たちの様な専門家の職業倫理であるとか、文化財に対する価値観、修復の方法論、哲学は、広く一般には理解はされていない。社会の認識、価値観との間に隔たりがあることも、補彩処置を『むずかしい』と思わせる原因なのかもしれない。

絵画は私たち人間にとってその色彩や形こそが知覚出来る最大の情報であり、その情報を鑑賞する絵画でもある。でもだからこそ、それを大きく左右する補彩処置に、私たち専門家はとても慎重になるのだ。

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◎個人所有の揮毫作品(書跡/揮毫作品) 

写真は絹本に揮毫された作品。支持体の欠損が大きく、支持体ごと文字も欠損していた。この作品については新たに用意した料絹を充填し、所有者の希望により可能な限りの補彩をおこなった。明らかに描線が途中で途切れたり、同一の色面が欠損したものと判断が出来る場合には、線や色を補うことは比較的容易ではあるが、想像を必要とする作業はいたずらに行うことが出来ない。

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◎博物館所有の作品(東洋絵画)

厚手の和紙に膠と顔料を用いて描かれた絵画。たとえ絵具が大きく剥落したとしても、補彩をするためにオリジナルの支持体や描画上に直接絵具を置かざるを得ない様な場合には、残る絵具の保護はしても、補彩はおこなわない。

2017年11月 4日 (土)

歪む絵画、波打つ絵画

西洋絵画であれ、東洋絵画であれ、版画であれ、絵画を描くには必ず絵具を載せる土台が必要となる。私たち修復家は、この土台になる材料を総じて支持体【しじたい】と呼んでいる。長く伝統的に、また一般に多く使われてきた使われてきた支持体材料には、木板や麻、絹などの織物、紙などがあり、いずれも天然の素材を加工したもので、湿度や温度の変化によく反応する。多くの支持体は自らが含む水分量によって微妙に伸縮を繰り返し、この結果、歪みや波打ちが生じたり、質量のある木材などは変形が大きくなると亀裂が生じたりすることもある。

絵画の技法によっては、部分的に絵具を厚く塗ったり(絵具の接着成分などによって湿度の影響を受けにくくなる)、版画のように部分的に圧縮した場合(密度が高くなる)に、絵具のある場所のない場所、プレスされた場所とそうでない場所で異なる変化が生じ、さらに不規則に変形する。

版画作品に多く見られる額装幀方法として、作品の周囲にペーパーマットを設置して、裏からベニヤ板などで押さえつけていると、有効画面、マットの開口部が膨らんだり、歪んだりすることがあるが、これもマットで押さえられた部分(押さえつけられて伸縮が抑制される)とマットの開口部(抑制されない)に環境差が生じ、結果的に不規則な変形を生じさせる。

支持体の変形を防ぐ、あるいは抑制する方法としては、裏打ちを施したり、さらに動きにくい(湿度の影響を受けにくい)構造物として、例えば襖の下骨など木軸格子や木枠、木製のパネルに固定する方法もあるが、作品の種類や性格、性質によっては、これらの対策も出来ない(版画作品には裏打ちはしない)ことがあり、基本的には気温、湿度を出来るだけ一定に保つことが大切になる。

一般の家庭におかれるような作品の場合には、温度も湿度もコントロールが難しいのが現状で、ある程度の変形は容認した上、展示利用には出来るだけ一日の温度差の少ない場所を選んだり、気候の厳しい季節にはより安全な場所に保管して、長期間の展示を避けることも有効になるかと思う。とくに厳暑や厳冬期にはエアコンなどこまめに利用して、急激な温度上昇、湿度の上昇を抑制したい。額装幀された作品ならば、完全な対策とまではならないが、湿度を調整する材料を額の内部に組み込むことも有効な手段となる。


11月に入って、一段と朝夕冷え込むようになってきたと思う。これからさらに寒くなり、暖房器具を利用する機会も多くなるだろう。急激な温度の上昇は額に装着されたガラスの内側などに結露を生じさせることもあるし、結露が生じると黴が発生を促すことにつながるので、ぜひ注意をしてほしい。黴が繁殖をはじめると、一見して軽微な症状であっても、実は深刻な状態になっていることも少なくはない。


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◎額装幀された版画作品によく見られる症状。銅版によって強くプレスの掛かった画用紙の中央と周囲の動きに差が生じているのがわかるかと思う。額の中でマットやベニヤ板に挟まれていた部分(画用紙の外周)は、狭い空間の中で無理に動こうとして細かな波打ち、ひだを形成し、開放されていた中央部は大きく前方に膨らむ用に歪んでいる。この作品は額の内部に結露が生じ、長く耐湿していた様子で、黴による被害も生じていた。青く見える写真は紫外線を照射した様子。黴害にあった部分が斑点状に変色しているのがわかる。

2017年8月 9日 (水)

虫食い穴の修理

紙を支持体とした資料、作品の虫食い穴の修理には色々な方法があるが、最も簡単なのは同質の紙(色、厚さ、しなやかさなどが近似したもの)を穴の空いた部分に補填する方法。繊維の短い用紙は難しいが、和紙の場合は長い繊維を利用して色々と処置ができる。

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◎幅2〜3ミリ程度に喰い裂いた紙を虫食い穴にあてて糊付けする。紙を引き裂いたときにできる毛羽(紙繊維)を利用して糊付けをすることで、修理部分の周囲に段差もできず、仕上げも良くなる。

2017年7月27日 (木)

作品を分離する

厚い台紙に貼られた絵画作品の分離作業。この作品はもともと画帖(折り本。御朱印帳のような形態の本)の装幀形態となっていたもので、水墨画を描いた料紙が添付されていたが、本の内部に黴が発生したため、作品本紙を分離する事となった。

作品を固定する台紙は厚く、固く、一方の添付された作品は薄くやわらかい。伝統的な工法で作品が裏打ちがされている場合は、背面から水分を与える事で接着剤は緩み、裏打ち紙を取り除く事が出来るのだが、このように厚く、固い紙が作品背面に固定されている場合は、作品の分離が困難になる事が多い。裏面の紙は繊維の密度も高く、簡単に水が浸透しないので、水にアルコールを混ぜ、浸透を促すなど工夫が必要になる。

作品を痛めぬように少しずつ、慎重に背面の紙繊維を取り除いてゆく作業は、小さな作品でも結構な時間が必要となり骨が折れる。

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つい先日まで、うだるような暑さが続いていた東京だが、ここ数日は曇空が続き、何やら不順な天候のこの夏。

どうぞ皆様ご自愛ください。

2017年7月 5日 (水)

ゼオライト不織布

掛軸を箱に収納する際、従来は羽二重折りの絹布や和紙で包んで納めていた。いずれの材料も適度に湿気を吸収する緩衝材として、あるいは箱の木材より発生するガスや灰汁、ヤニなどから保護する(直接触れさせないようにする)目的から使用してきたが、最近はゼオライトと呼ばれる鉱物が配合された不織布を使うようにしている。このゼオライトは、日本では沸石【ふっせき】と呼ばれ、活性炭のように結晶構造中にたくさんの空隙を持っており、ガスや匂いを吸着する高い性能を備えている。

掛軸装幀時に使用する和紙や糊は、独特な匂いのあるものもあるが、この不織布でしばらく包んでおくと、ほとんど知覚出来ないくらいになる。

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◎この布は薄くてしなやかなので、容積に余裕がある場合、空間がある場合は

額の内部に挿入することもできる。

商品名 "Gas Q" 株式会社 資料保存機材 < http://www.hozon.co.j >より購入できます。

2017年4月13日 (木)

紙筒を使った掛軸

大きな絵画作品を掛軸に装幀する際、用紙が厚かったり、絵具の層が厚くて巻きにくい様な場合は、巻き芯を太くすることで収納時のストレスを小さくし、折れたり、巻き癖がつくことも回避出来る。通常は『太巻き添え軸』というアタッチメントを使い、軸棒に被せて巻いて収納するが、大きな作品になるとそれなりの重量になるし、制作費用も収納箱と合わせるとかなりの高額になる。

作品の様式や、掛軸の大きさによってはバランスが悪くなることもあるが、大きな掛軸には紙製の筒を掛軸の軸棒として使うことがある。この筒は中性の紙を積層させたものだが、精密にできていて反りやゆがみも無く、 硬くて強度も十分。さらに軽いので、掛軸を吊るして展示した時の負荷も小さくて良い。収納時にはおなじような中性紙でできた段ボール箱を利用すれば、全体の制作費用も安価で済ませることができる。
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この紙筒には専用の軸先を取り付ける。この軸先は桐材製で、特別に制作してもらったもの。

2017年4月 6日 (木)

ブックマット装幀 

今週は絵画作品のマット装幀作業を進めている。マット装幀とは、積層させた厚手の硬い紙に作品を挟み、画面側に窓を開けたもの。この状態で額装幀することもできるし、このまま保管したり展示したりすることもできる。

薄手の紙に描かれた絵画や版画作品、 経年によって劣化、脆弱化した作品や資料は、マット装幀することで直接接触せずに取り扱うことができて安心。マット用紙も酸性物質や不純物を含まない安全なものを使うことで保存性能が向上する。
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◎写真のマット装幀は『ブックマット』と呼ばれる仕様。
作品の大きさ(有効画面)にくり抜いたウインドウマットと、
作品背面にあてがうバックボードの一辺にヒンジを取り付け、
本のように開閉ができるようにしたもの。
このようなマット装丁は作品本体へのアクセスも容易で、
作品の固定方法によって背面の観察も出来る。

マットカッターは市販のカッターと自家製の定規を組み合わせた
ものだが、高い精度で裁断、くり抜き加工ができる。

2017年3月24日 (金)

大きな掛軸

年に数回、結構な大きさの掛軸の修理を依頼される。高さ(長さ)もさることながら、掛軸は幅が大きくなると完成後の取扱いも難しくなる。自分の腕の長さを超えてしまうと一人では取り扱えなくなるし、修理後の展示も収納も一苦労。もちろん、修理中の取扱いもなにかと苦労が多い。

Bigkakejiku
◎高さ(長さ)2m60cmx幅1m20cmの掛軸。一般に多く見る掛軸のおよそ3〜4倍の大きさになるかと思う。写真の状態は裏打ちした作品と表装裂地をつなげた状態(裏面)。仕上げた状態はこれから少しばかり小さくなるが、この段階では作業台いっぱいの大きさになった。
これから全体に裏打ちをおこなって仮張(【かりばり】前述を参照ください)に張り込んで乾燥させ、乾燥後に寸法を決めて周囲を整えた後、最終的な裏打ちをおこなう。
はじめの裏打ちから最終裏打ちまで、作品の肌裏打【はだうらうち】、表装裂地の肌裏打、作品の増裏打【ましうらうち】、表装裂地の増裏打、掛軸の形に作品と表装裂地を接合の上全体に中裏打【なかうらうち】、最終裏打ちとして総裏打【そううらうち】と計6回、全体には4層ほどの裏打ちを施し、裏打ちごとに仮張に固定して乾燥させる作業を繰り返す。

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